2020年10月24日Zoomでしたが、日本暖地畜産学会が琉球大学でありました。基調講演を頼まれました。ポストコロナ時代における畜産経営の課題〜One World, One Healthと畜産振興という題で依頼されました。その時の要旨とVODを作成したのでYou
Tubeにのせておきました。
1.One World, One Healthについて
https://www.youtube.com/watch?v=ImfvaRA_8dk&t=290s
2. 農産と先進国
https://www.youtube.com/watch?v=uItpjOrHiKY&t=80s
3.ポストコロナと畜産
2019年2月9日に東大の弥生講堂で日本繁殖生物学会の主催により、肉やミルクがあるための科学と生産現場という公開シンポジウムがありました。そこで「食料生産動物の繁殖と食の安全」という講演をしました。その時のスライドです。
ここに登場するキャラクター「よしかわ先生」「りかちゃん」「こうたくん」は、岡山理科大学、今治キャンパスの獣医学部獣医保健看護学科の1年生S.W.さんが作ってくれたものです。とても愛らしいので、このスライドを作る際に拝借しました。S.W.さん有難う。学生さんたちを含む他のキャラクターも作ってほしいです!
突飛に聞こえるかもしれませんが、最初に肉と脳についてお話します。詳しくは、このホームページの「脳と必須アミノ酸」に書いてあります。お肉やトロは何故美味しいのでしょうか?だいたい美味しいとはどこが感じているのでしょうか?
それは脳です。では脳は何故、お肉を美味しいと感じるのでしょうか?それは脳がお肉を必要としているからです?脳が肉を必要とする??
後でいうように、脳は非常な大食漢です。脳を作っている神経組織(神経細胞の多い灰白質と髄鞘の多い白質)の大半は脂質(あぶら)から出来ています。脳が他の臓器(腎臓や筋肉)と違い、豆腐のような感じに見えるのはそのためです。
成熟した神経細胞は分裂しませんが、絶えずシナプス(神経細胞間の情報伝達部位)を介して信号をやりとりします。そして新しい回路を作ったり、再構築する柔軟性(脳の可塑性といいます)をもっています。大量の糖(グルコース)と酸素を使ってミトコンドリアでATP(生物エネルギーのもと)を作り、情報処理のためのエネルギーを生産しているのです。この脳を著しく発達させ、利用しているのがヒトです。
進化の隣人ともいわれる、最もヒトに近いチンパンジーと比較した時、その大きな違いは脳の大きさです。ヒトの成人の体重は60~70kg、チンパンジーは50~80kgでそれほど違いません。一方、ヒトの脳の重さは平均1350gですが、チンパンジーの脳重量は約300gで4倍以上違います。ヒトは脳が大きく、重いのです。
ヒトの脳は体重の約2%ですが、脳の糖消費量は全体の15~20%です。酸素消費量は20%で、酸素の供給が止まると(たとえば心筋梗塞や脳梗塞、一酸化炭素中毒など)約5分で脳は死んでしまします。ヒトでは脳以外の臓器・組織は、残りの80%で生活します。
チンパンジーの脳のエネルギー消費は全体の約5%と言われています。残りの95%は脳以外の組織が利用できます。
このように、ヒトの巨大化した脳(チンパンジーの4倍になった脳は、チンパンジーの4倍のエネルギーを消費します)は、そのエネルギー消費に一切妥協せず、最優先でエネルギーをつかっています。
人類の進化と脳の発達を見てみましょう。
約440万年前に現在のエチオピア地域の熱帯雨林に生息していた初期人類のラミダス猿人の食事は、木の葉や果実やベリー類など軟らかい植物性食物が主体でした。歯の構造から硬い植物を食べるようには適応していませんでした。約400万年〜200万年前に生存したアウストラロピテクスは二足歩行を行うようになり、密林からより開けた草原で住むようになりました。アフリカ東部や南部のサバンナの環境に適応し、歯が発達して硬い殻をもつ大きな種子や地下の根なども食べるようになりました。植物性食物を中心にして、さらに小動物の狩猟や、動物の死肉や肉食獣の食べ残しから動物質性食糧を得るようになっていきました。
ヒトが狩猟を開始する直接のきっかけは250万年前くらいから起こってきた気候や環境の変化であると考えられます。このころから、地球は氷河期に移行し、地球上の気温が低下していき、アフリカの熱帯雨林は縮小し、草原やサバンナに変化していきました。氷期の間、地球全体が乾燥し、降雨量が少なくなると大きな樹木は育たなくなり、草原が増えます。草食動物が増え、草食動物を獲物とする大型の肉食動物が棲息するようになります。ヒトの祖先はそのような獣を狩猟によって食糧にしてきました。動物以外にも、漁によって魚介類も多く摂取しています。
もう少し詳しく言うと、約250万年以降、4万年から10万年の周期で氷期と間氷期を繰り返しています。最後の氷期が終わったのが約1万年前(農耕の開始)で、現在は間氷期です。ホモ属(Homo:原人)が現れたのは 250万年〜200万年前です。この頃から人類は石器を道具として利用し、狩猟や肉食獣の食べ残しから得た動物性の食糧が増えてきました(この時期に脳が大きくなったようです、600~800ml)。さらに、160万年前くらいから人類は火を使うようになり、食物を火で加熱することによって栄養の吸収が良くなりました。150万年前に住んでいたホモ・エレクトスは積極的に狩猟を行っていたようです(このころのジャワ原人の脳容積は800~1200mlです)。 このように初期人類の食事は、植物性食料由来の糖質が多いものでしたが、250万年くらい前から動物性食料が増えるようになり、少なくとも150万年前くらいから農耕が始まる1万年前くらいまでは、低糖質・高蛋白食でした。
約1万年前に最後の氷河期が終わり地球は温暖化し農耕と牧畜が始まりました。農耕によって穀物の摂取が増えました。糖質の摂取量は現代人では1日250から400g程度ですが、狩猟採集時代の糖質摂取量は1日10から125gと推定されています。農耕が始まってから、人類の歴史の中ではじめて脳の重量が減少していることが報告されました。
現代人の脳容積は、2万数千年前までヨーロッパに存在したネアンデルタール人(旧人:脳容積は1200~1700ml)、その後新人である、クロマニョン人20万年前に出現し、その脳容積は、1400~1500mlとなりました。現生人類(6万年前にアフリカ大陸から拡散)の脳容積は、彼らより10%程度小さいことが明らかになっています。その理由としてタンパク質や不飽和脂肪酸の摂取量の減少が指摘されています。農耕によって穀物が豊富になり、糖質が増えた分、肉や脂肪の摂取量が減ったからであると考えられています。
www.daiwa-pharm.com/info/fukuda/7096/(一部改変)
脳組織の50から60%は脂質から構成されています。このうち約3分の1はアラキドン酸やドコサヘキサエン酸のような多価不飽和脂肪酸であり、アラキドン酸は必須脂肪酸で人は体内で合成できません。ドコサヘキサエン酸は同じω3系不飽和脂肪酸のα-リノレン酸から体内で変換されますが、その効率は極めて悪く、最近ではドコサヘキサエン酸も必須脂肪酸に分類されるようになっています。脳の成長に必要なアラキドン酸とドコサヘキサエン酸は食事から摂取しなければならないのですが、これらの脂肪酸は植物性食物には少ししか含まれていません。アラキドン酸は肉、ドコサヘキサエン酸は魚脂に多く含まれています。
アラキドン酸は20:4ω-6、すなわち炭素が20(エイコサ)、シス型2重鎖結合が末端から6番目(オメガ6)から始まり、2重結合が4つ(テトラエン)です。オメガ6・エイコサ・テトラエン酸です。ドコサヘキサエン酸は、同様に22:6ω-3ですから、炭素数が22(ドコサ)、2重鎖結合が末端から3番目から始まり(オメガ3)、6つの2重結合(ヘキサエン)を持つ脂肪酸です。リノール酸は、炭素が18個(オクタデカ)、6番目の炭素から2重鎖が入りますが(オメガ6)、二重鎖は2つ(ジエン)です。リノレン酸は炭素数が18で末端から3番めの炭素から2重鎖が始まり(オメガ3)、2重鎖は3つ(トリエン)です。オメガ3・オクタデカン・トリエン酸ということになります。ちなみに、EPAは「エイコサペンタエン酸」です。イワシやサバ・アジなどの青魚に多く含まれるオメガ3系脂肪酸です。C20:5ω-3になります。ヒトの体内では、ほとんど作ることのできない「必須脂肪酸」です。
脳は、常に美味しいものを食べたいと思っています。しかし、世界の人々が十分な食料に恵まれているわけではありません。それよりも飢餓に直面しています。世界の食料事情は21世紀に入って厳しくなっています。近年穀物の価格指数は、変動が激しく高止まりしている状況です。国連傘下の世界食糧農業機関(FAO)の発表では、8億人を超す人々が飢餓状態といわれています。特にアフリカのサブサハラ、東アジア、南アジアに集中しています。
途上国における政治不安、テロや内戦による難民、経済破綻、農水産業の衰退は食料危機を増幅しています。さらに先進国におけるエネルギー消費の拡大、バイオエタノールのような穀物とエネルギー生産のトレードオフ、異常気象、一国主義による保護貿易や関税競争による国際貿易の縮小は問題をさらに複雑にしています。
食の問題では、第一に食料安定供給(食の安全保障)、そして食の安全、食の防衛(アグロテロ)が国際的な課題となっています。食の問題は3階建てで、土台である食の安定供給が確保できなければ、食の安全体制は確立できませんし、食の安全が確保できなければ、食の防衛体制を敷くことはできません。
食の安定供給に関しては、途上国の人口増加と動物性蛋白質の供給が問題です。途上国における人口増加により、1960年が30億人、2011年が70億人という現状です。動物性蛋白質の需要では、肉の消費が2010年で3億トン、2040年には5億トンが必要、魚介類では2010年の消費が1.2億トン、2040年が1.6億トン必要と言われています。
肉に関しては、人と家畜の穀物をめぐる競合の問題があり、より飼養効率によい家畜への肉生産のシフトが進んでいるように思います。牛肉(穀物消費でできる肉の量を1とする)は6000~7000万トンで頭打ちになりつつあります。豚(牛と同じ穀物消費量で牛の1.6~1.9倍の肉を生産)は1億トンを超す生産量になっています。最も生産量が伸びているのが鶏(牛の3.2~3.4倍)で、1億トンと超え、卵と合わせると1億6000万トンを超える勢いで伸びています。また、動物福祉に配慮して飼育環境を改善し新生仔の死亡率を減らす、感染症の統御により生産性を上げる方策等が試みられています。
食料の不足は、穀物や食肉だけではありません。世界中で水産品の需要も著しい勢いで増加しています。その影響もあり、国際的な捕獲漁業の規模が拡大し、魚介類は乱獲が進み、資源が減少し、国際間で漁獲量が制限されています。その代表例はマグロ類です。世界の各海域の国際機関がマグロの漁獲量の割り当てを決定しました。例えば、2007年大西洋マグロ類国際保存に関する国際条約で、大西洋の漁獲マグロ総漁獲量が、2010年までに世界全体で約80%に減らされることが決定されました。そのため高級魚の人工養殖が開始され、完全養殖が可能な魚類が少しずつ増えています。