2016年9月に全国公衆衛生獣医師協議会でOne World, One Healthの講演をすることになりました。これまでのOne Healthにくわえて、最近考えているOne Worldの意味を書きました。特設分野の食料・環境循環の研究審査をしているうちに、こうした考えがまとまってきました。
マンハッタン原則 「One World, One Health」(1つの世界、1つの健康)
千葉科学大学 吉川泰弘
マンハッタン・ロックフェラー大学に世界中の健康に関する専門家が一堂に会し、2004年9月29日宣言された標語です。21世紀に向けて、家畜と野生動物とヒトの健康、それらを支える大気・水・土壌など環境の清浄性をどう維持していくかが話し合われ、その成果は「マンハッタン原則」と名付けられ、分野を超えた国際的な連携と行動計画が提案されました。
新興感染症・再興感染症の出現
エボラ出血熱や2003年に出現したSARS(重症急性呼吸器症候群)、2009年のパンデミックインフルエンザ、最近ではデング出血熱、韓国のMERS、ジカ熱等が記憶に新しいと思いますが、1970年代から世界各地で「新興・再興感染症」が次々に出現し、人間社会に深刻な健康被害をもたらしています。これら20世紀後半の新興・再興感染症のほとんどは「人獣共通感染症」であり、また野生動物を自然宿主とするものが多いのが特徴です。
近年、森林伐採などによる環境の激変で、野生生物とヒトとの距離が縮まり、接触する機会が増えたことや、種々の動物がペット(エキゾチックアニマル)として輸入され飼われる機会が増えたことなどによって、従来は稀であっったり、知られていなかった病原体が人の社会に突如、出現するようになったのです。
人獣共通感染症の定義
「人獣共通感染症」は造語で、19世紀に細胞病理学(cellular pathology)を打ち立て、「すべての病気は細胞が病むことである」と喝破したドイツのルドルフ・ウイルヒョウがつくったものです。ウイルヒョウは、動物由来の感染症を「ズーノーシスZoonosis」(Zoo動物 nosos病気)と名付け、この人獣共通感染症(日本の厚生労働省は動物由来感染症としている)をコントロールするには、獣医学と医学が協力して進むことが必須だと初めて提言したといわれています。
人獣共通感染症が改めて定義されたのは1959年のことで、WHO(世界保健機関)とFAO(国連食糧農業機関)の合同専門家委員会で「脊椎動物からヒトに感染する感染症、及び脊椎動物とヒトの間で感染を起こす感染症」と定義されました(最近では節足動物媒介の感染症も加えられています)。この時、約130種類が確認されています。現在は、重要なものだけでも800種類を優に超えています。この定義に従うと、20世紀後半の新興・再興感染症の6割から7割は、ヒトからヒトではなく、動物からヒトに来る感染症であるということになります。
新興・再興感染症の定義
「新興・再興感染症」はいつ、どのように定義されたのでしょうか?WHOは1997年に「新しく認識された感染症で、局地的にあるいは国際的に公衆衛生上問題となる感染症」を新興感染症(emerging disease)と定義しました。
1980年にWHOは天然痘の根絶宣言を出しています。77年のソマリアのケースが最後で、監視期間を経た3年後のことです。そのころWHOは、感染症はコントロールできるという楽観論をとっていました。しかし、その後、エイズが出現したのをはじめ、ウイルス出血熱など様々な疾病が発生し、新興感染症で世界地図が真っ赤になるほどになったため、WHOは方針を改め、97年に定義を行ったのです。
また、「以前から存在していたもので、急激に発生が増加し再出現したように見える感染症」を再興感染症とし、新興・再興感染症(emerging re‐emerging diseases)となったのです。再興感染症の典型例がデング熱・デング出血熱です。途上国で、森の中でサル類と蚊の間で循環していたウイルスが、田舎や町に広がり、散発的に流行していたものが、インフラの伴わない都市開発によりウイルスを持った蚊が都会に定着し、そこでヒトからヒトという形で何億人というレベルの流行を繰り返すようになったと考えられています。
ヒトの感染症病原体の約6割は動物由来である
2001年にイギリスのテイラーがそれまでに公表された論文を網羅的に調べて、ヒトの感染症の病原体がいくつあるのかをまとめた論文を公表しました。リストアップされた病原体の総数は1,415種類。そのうち人獣共通感染症の病原体は868種類でした。約6割が動物からヒトに来る感染症ということです。新興感染症は175種類で12%でした。
ヒトの感染症の病原体は細菌が圧倒的に多いことがわかります。人獣共通感染症はウイルスが原因のように思われますが、文献的には、寄生虫がヒトと動物の間で病原体として行き来するケースが最も多くなっています。しかし新興感染症に限れば、ウイルス感染症が増加していることがわかります。
1つの世界、1つの健康
こうした流れを受けて、2004年9月にヒト、家畜、野生動物の間で起こる感染症の統御についてのシンポジウムが、ニューヨーク・マンハッタンのロックフェラー大学で開催されることになったのです。国連の組織であるWHO、FAOをはじめ、アメリカのCDC(米国疾病管理予防センター)、USGS(米国地質研究所)、カナダのCCWHC(共同野生動物健康センター)、コンゴ共和国のデ・サンテ・パブリック国立研究所、世界銀行、主催者の野生動物保護協会など、多分野の機関が参加しています。
この場で「One World、One Health」(1つの世界、1つの健康)という「マンハッタン原則」を象徴的に表すメッセージが打ち出され、人獣共通感染症の予防、まん延の防止、生態系の保全のために、それぞれの国際機関が分野を超えて協力しあう「12の行動計画」に結実しました。
「One Health」はヒト、家畜、野生動物の健康は1つという考え方で、医学と獣医学等が連携する必要性をのべています。これに対して「One World」には、ヒトと家畜と野生動物の健康、われわれすべてを支える基盤となる生物多様性の保全には、水や土壌、空気など環境そのものの清浄性、健全性が大切だという考え方が盛り込まれています。
「12の行動計画」のうち主なものを挙げてみます。
・人間と家畜、野生動物の健康がリンクしているということ。この健康は、生物多様性と生態系機能にもリンクしていると認識すべきである。
・土地と水の使用法の決定が健康維持に深く関連することを認識すること。この認識に失敗すると生態系の弾力性は失われ、病気の出現・拡散が起こる。
・野生動物の健康科学はグローバルな疾病の予防、監視、モニタリング、規制の強化・緩和に不可欠な要素である。
・動物種を超えて広がる新興・再興感染症への予防、監視、モニタリングに前向きに取り組む必要がある。
・政府、地域住民、私的・公的(非営利)部門が国際的な健康と生物多様性の保全に立ち向かうための協力体制を確立すべきである。
・新興・再興感染症の早期警戒体制を確立するための国際的野生動物疾病監視ネットワークの確立と、その支援を行う必要がある。
・世界の人々の教育と啓蒙、健康と生態系に関する深い理解が必要である。この感染症を抑えていくためには、政治的な介入、社会・経済的なアプローチも組み込んでいかないとこれには勝てない。
そして、結語として、「問題の解決には、昨日までのアプローチではだめだ」「政府機関・個人・専門家・各分野の壁を乗り越えるしか方法はない」と踏み込んでいます。
そして医学と獣医学の連携が始まった
世界に3つ、世界動物健康機関(OIE)がつくった野生動物のコラボレーションセンターがあります。南アとカナダ、アメリカで、特に素晴らしいのはアメリカ・USGSの国立野生動物健康センターです。これは米国地質研究所の生物資源分野の1つですが、職員70名以上の他に、世界中から若手の研究者を呼んでいます。「野生動物とエコシステムの健康のために、科学に基づく政策決定を促進させて、情報提供、健全な科学、技術支援を通じて国と自然資源に奉仕する」目的で設立されましたが、実際には情報収集だけではなく、かなりハードもソフトも充実しています。日本が追いつく目標になるところだと思います。
また、2012年に世界医師会と世界獣医学協会が協定を結び、「マンハッタン原則」の「One World、One Health」の理念に基づいた協力関係を築きました。それを受けて2013年に日本医師会と日本獣医師会が学術協定を結んでいます。2015年5月にマドリードで開催された世界医師会と世界獣医学協会による「One Health」に関する国際会議には、日本の医師会と獣医師会のそれぞれの代表が参加して日本の状況を報告しました。このように、徐々に分野を超えた連携が始まりつつあります。「マンハッタン原則」にはそうした力があるのだと思います。
感染症と病原微生物
しかし「感染症」とは一体何でしょうか?その病原体(細菌,真菌,原虫など)は地球上に初期に出現した生命体群で,一方,宿主(家畜やヒト)は,最後に出現したグループです。この両者の相互作用を感染症といっています。地球の生命史の約半分の時間(20億年)は原核生物(真正細菌と古細菌)の世界でした。残りのさらに半分(10億年)は単細胞生物(原生生物や単細胞真菌)の世界で,気の遠くなるような長い時間,原虫群と細菌群の相互作用(感染)があったでしょう。約10億年前に多細胞生物が出現しますが、高等生物はカンブリア紀(約5~6億年前)にやっと出現しました。初期の生命体は、次々と新しい宿主をみつけることとなりました。特に鳥類や哺乳類のような恒温動物は,病原体にとっては格好の培地であり,豊富な栄養源と安定した体温は、微生物の増殖には最適です。他方、また宿主もそれに対応して、より複雑な免疫系を確立することとなりました。こうしてヒトが登場するずっと前から,いや地球上に生命体が出現した時から,生命体間の相互作用(感染症)は存在したはずです。
生物学においては微生物(肉眼でみえない病原体群),原虫(病原性のある原生動物群?),寄生虫(宿主と共生する多細胞生物群?)という分類は存在しません。これは、生物学が生物の視点に立ち、医学が人の視点に立っていること、生物学と医学の視点が違うためです。人獣共通感染症や家畜感染症の統御を考えると,ヒトの視点とは異なる生物学的な視点で、病原体の生態学的振る舞い(生命体の相互作用)を知る必要があるのではないでしょうか。
世界は一つ(One World)
世界は一つという考え方をもう少し踏み込んで考えてみましょう。ヒトと家畜、ペットや野生動物などの生きている社会は日常的に我々が意識している社会です。しかし、動物は自分で栄養を作り出すことのできない生き物です(従属栄養生物)。エネルギー(ATP)のもとになる糖と酸素は、植物の光合成(葉緑体、シアノバクテリアの末裔)によって作られます。ATPはミトコンドリア(αプロテオ菌の末裔)で合成されます。また、植物の光合成に必要な光は太陽から、炭酸ガスは動物から呼吸残渣として排出されます。植物と動物の間で循環が起こり、持続的な平衡状態が作られているのです。
しかし、これは目に見える社会のエネルギー循環です。実際には空気中の80%を占める窒素は根粒菌などの窒素固定細菌により、硝酸塩などに変換され植物の栄養に利用されますし、脱窒菌により、酸化窒素や窒素として土壌から空気中に戻されます。リンについても同様にリン固定の土壌菌により植物の栄養源として利用されます。また酸素も植物だけでなく膨大な種類の藻類やシアノバクテリアによって作りだされます。藻類や細菌はプランクトンや原生動物の餌になり、プランクトンや小魚は大きな魚に食べられ、水産資源としてヒトの食用になります。家畜や家禽も肉、卵、乳としてヒトの食用に供用されます。
食物残渣や家畜糞尿などは堆肥(通常は嫌気性の発酵菌による処理)として植物や土壌菌の栄養源になりますし、バイオマスも発酵細菌を利用してメタンやエタノール産生に利用されます。こうして大気も、水も、土壌も目に見えない細菌や古細菌、原生生物の土台の上に成り立っているのです。腸内細菌叢を含め35億年から40億年の歴史を持つ細菌や20億年の歴史を持つ原生生物の今も続く活動の上に、動物や植物、ヒトが生かされているわけです。
この食料環境循環が破たんした時が、本当のクライシス(破滅的危機)です。地球の温暖化や異常気象、環境汚染や砂漠化、大気汚染や水、土壌の汚染・劣化は破綻的危機に進行する前段階です。危機をどのように回避するかは、どのように地球の生命を理解するかによっています。野生動物まで含めた「一つの健康」は、健全性と清浄性を維持した「一つの世界」の上に成り立っているのです。
「獣医さん走る」の本に書いたように、獣医師会に依頼されて、「One World, One Health」を紹介する原稿を書いたのが2009年のことです。早いもので既に7年が過ぎました。この間、このキーワードは国内にも国際的にも広く受け入れられるようになってきつつあります。
2015年7月28日、東郷記念館の食肉フォーラムでマンハッタン原則について説明しました。この勧告は、持続可能な21世紀の社会を構築していくための提案です。フォーラムでの内容を分かりやすくまとめていただいたので、一緒に載せます。
「One World, One Health」(1つの世界、1つの健康)――2004年9月29日、マンハッタンのロックフェラー大学に、世界中の健康に関する専門家が一堂に会し、高らかに宣言された標語です。21世紀に向けて、家畜と野生動物とヒトの健康をどう維持していくかが話し合われ、その成果は「マンハッタン原則」と名付けられ、分野を超えた国際的な連携と行動計画が提言されました。
世界各地で新興・再興感染症が出現
エボラ出血熱*1や2003年に出現したSARS(重症急性呼吸器症候群)、最近ではデング出血熱*2、韓国のMERS*3が記憶に新しいと思いますが、1970年代から世界各地で「新興・再興感染症」が次々に出現し、人間社会に深刻な健康被害をもたらしています。
これら20世紀後半の新興・再興感染症のほとんどが「人獣共通感染症」であり、また野生動物を自然宿主とするものが多いのが特徴です。
近年、森林伐採などによる環境の激変で、野生生物とヒトとの距離が縮まり、接触する機会が増えたことや、種々の動物がペット(エキゾチックアニマル)として輸入され飼われる機会が増えたことなどによって、従来は稀であったり、知られていなかった病原体が人の社会に突如、出現するようになったのです。
*1エボラ出血熱:1976年ザイールで初めて診断されたエボラウイルスによる急性熱性疾患。2014年には西アフリカでこれまでにない大規模な流行を引き起こした。自然宿主としてオオコウモリが考えられている。
*2デング熱:ウイルス血症を起こしている患者を吸血し、デングウイルスを保有する蚊に刺されることで起こる。これまで海外で感染する疾病(輸入感染症)とされていたが、2014年、日本国内での流行が確認された。
*3 MERS(マーズ、中東呼吸器症候群):2012年に初めて確認されたMERSコロナウイルスによるウイルス性の感染症。中東地域を中心に患者の発生が報告されているが、2015年、韓国では感染が拡大し、問題になった。
動物からヒトに来る人獣共通感染症(ズーノーシス)
「人獣共通感染症」は造語で、19世紀に細胞病理学(cellular pathology)を打ち立て、「すべての病気は細胞が病むことである」と喝破したドイツのルドルフ・ウイルヒョウがつくったものです。
ウイルヒョウは、動物由来の感染症を「ズーノーシスZoonosis」(Zoo動物 nosos病気)と名付け、この人獣共通感染症(日本の厚生労働省は動物由来感染症としている)をコントロールするには、獣医学と医学が協力して進むことが必須だと初めて提言したといわれています。
人獣共通感染症が改めて定義されたのは1959年のことで、WHO(世界保健機関)とFAO(国連食糧農業機関)の合同専門家委員会で「脊椎動物からヒトに感染する感染症と、脊椎動物とヒトの間で感染を起こす感染症」と定義されました(最近では、広義に節足動物媒介の感染症も加えられています)。この時、約130種類が確認されています。現在は、重要なものだけでも800種類を優に超えています。
この定義に従うと、20世紀後半の新興・再興感染症のほぼ6割から7割は、ヒトからヒトではなく、動物からヒトに来る感染症であるということになります。
動物の間で循環していた感染症がヒト社会に
では、「新興・再興感染症」はいつ、どのように定義されのでしょうか。WHOは1997年に「新しく認識された感染症で、局地的にあるいは国際的に公衆衛生上問題となる感染症」を新興感染症(emerging disease)と定義しました。
実は1980年5月に、WHOは天然痘の根絶宣言を出しています。77年のソマリアのケースが最後で、監視期間を経た3年後のことです。そのころWHOは、感染症はコントロールできるという楽観論をとっていました。しかし、その後、エイズ(HIV=後天性免疫不全症候群)が出現したのをはじめ、ウイルス出血熱など様々な疾病が発生し、新興感染症で世界地図が真っ赤になるほどになったため、WHOは方針を改め、97年に定義を行ったのです。
また、「以前から存在していたもので、急激に発生が増加し再出現したように見える感染症」を再興感染症とし、新興・再興感染症(emerging re‐emerging diseases)となったのです。
再興感染症の典型例がデング熱・デング出血熱です。途上国で、森の中でサル類と蚊の間で循環していたウイルスが、インフラの伴わない都市開発によりウイルスを持った蚊が都会に定着し、そこでヒトからヒトという形で何億人というレベルの流行を繰り返すようになったと考えられています。
ヒトに感染する病原体の約6割が動物由来のもの
2001年にイギリスのテイラーがそれまでに公表された論文を網羅的に調べて、ヒトの感染症の病原体が一体いくつあるのかをまとめた論文を公表しました。リストアップされた病原体の総数は1,415種類。そのうち人獣共通感染症の病原体は868でした。約6割が動物からヒトに来る感染症ということです。新興感染症は175で12%でした。
ヒトの感染症の病原体は細菌が圧倒的に多いことがわかります。人獣共通感染症はウイルスが原因のように思われますが、文献的には、寄生虫がヒトと動物の間で病原体として行き来するケースが最も多くなっています。しかし新興感染症に限れば、ウイルス感染症が増加していることがわかります。
One World、One Health
こうした流れを受けて、先に述べたように2004年9月29日、ヒト、家畜、野生動物の間で起こる感染症の統御についてのシンポジウムが、ニューヨーク・マンハッタンのロックフェラー大学で開催されることになったのです。
国連の組織であるWHO、FAOをはじめ、アメリカのCDC(米国疾病管理予防センター)、USGS(米国地質研究所)、カナダのCCWHC(共同野生動物健康センター)、コンゴ共和国のデ・サンテ・パブリック国立研究所、世界銀行、主催者の野生動物保護協会など、多分野の機関が参加しています。
この場で「One World、One Health」(1つの世界、1つの健康)という「マンハッタン原則」を象徴的に表すメッセージが打ち出され、人獣共通感染症の予防、まん延の防止、生態系の保全のために、それぞれの国際機関が分野を超えて協力しあう「12の行動計画」に結実しました。
「One Health」はヒト、家畜、野生動物の健康は1つという考え方で、医学と獣医学等が連携する必要性をのべています。これに対して「One World」には、ヒトと家畜と野生動物の健康、われわれすべてを支える基盤となる生物多様性の保全には、水や土壌、空気など環境そのものも含めた健康(健全性)が大切だという考え方が盛り込まれています。
「12の行動計画」のうち主なものを挙げてみます。
〇人間と家畜、野生動物の健康がリンクしているということ。この健康は、生物多様性と生態系機能にもリンクしていると認識すべきである。
〇野生動物の健康科学はグローバルな疾病の予防、監視、モニタリング、規制の強化・緩和に不可欠な要素である。
※今まではどちらかというとヒト、家畜を対象に獣医学と医学が進んできたのに対して、野生動物という切り口がかなり強力に入っています。
〇動物種を超えて広がる新興・再興感染症への予防、監視、モニタリングに前向きに取り組む必要がある。
〇生きた野生動物やその肉類の国際貿易量を規制する必要がある。それは、感染症の拡散、種を超える伝播、疾病を新しい宿主に広げていくというリスクを下げることになる。
※今回のエボラ出血熱の流行についても、途上国で問題とされるブッシュミート(野生動物肉)説が浮上しています。アフリカの肉類は先進国にも輸出されています。その辺に対する警告です。
〇政府、地域住民、私的・公的(非営利)部門が国際的な健康と生物多様性の保全に立ち向かうための協力体制を確立すべきである。
〇新興・再興感染症の早期警戒体制を確立するための国際的野生動物疾病監視ネットワークの確立と、その支援を行う必要がある。
※高病原性鳥インフルエンザを筆頭に、今、狂犬病対策が少しずつ国際ネットワークを強めています。
〇世界の人々の教育と啓蒙、健康と生態系に関する深い理解が必要である。この感染症を抑えていくためには、政治的な介入、社会・経済的なアプローチも組み込んでいかないとこれには勝てない。
そして、結語として、「問題の解決には、昨日までのアプローチではだめだ」「政府機関・個人・専門家・各分野の壁を乗り越えるしか方法はない」と踏み込んでいます。
野生動物の疾病統御に果たすOIEの役割
この原則を受けてさまざまな対策が取られました。対応の1つは、国際的な獣医の司令塔であるOIE(国際獣疫事務局)がWHO、FAOと共同で野生動物疾病の新しい届出制度を始めたことです。これまでOIEは家畜感染症について、各国に報告義務を求めていたのですが、ここに野生動物疾病と人獣共通感染症が入り、加盟する178の国と地域が参加する新戦略がスタートしたことになります。
食の安全保障(安定的な供給)と食の安全のための家畜感染症の統御はFAOとOIEが担い、生物多様性とエコシステムのための野生動物の疾病統御はOIEが国連の環境プログラムと提携する形になります。国際機関とOIEの関係にOIEと国際機関の関係を示しました。
OIEの活動の目的には、従来の家畜・家禽に加え、野生動物の疾病に関する情報収集、発信という新しい義務が課せられました。これに、従来からあった獣医の科学情報の収集と獣医組織の法制化、最近ではコアカリキュラムの提示といった獣医学教育への関与も始まっています。そのほか、WTO(世界貿易機関)との提携で国際貿易に関する動物由来食品の衛生基準の策定などを行っています。
OIEの本部はパリにあります。地域事務所がアフリカ(マリ)、アメリカ(アルゼンチン)、アジア(日本)、欧州(ブルガリア)、中東(レバノン)と世界に5カ所あり、アジア・太平洋は東大農学部の食の安全研究センター内に事務所を持っています。そのほか、拠点となるコラボレーションセンター、リファレンスラボ、フォーカルポイント(各国の分野別担当)などをつくり続けています。
世界動物衛生情報システムで感染症情報を共有
加盟国は、リストA、Bの家畜感染症(図表5 OIEの家畜感染症リストA、B――前号P19)が発生した場合、各国の首席獣医官がOIEに報告する義務があります。緊急の場合は即報告、それ以外はまとめて年に1回、前期と後期の2期に分けて、出現規模、どのように診断し、どう終息したかをリストとして報告します。
OIEは100近いそれらの感染症をすべてまとめて、誰でも、いつでも見られる検索システム WAHIS(世界動物衛生情報システム)を開発しました。例えば2004年から2009年に流行したニューカッスル病は世界でどんな規模だったかが疾病発生地図でたちどころにわかります(図表6 OIE加盟国の義務と受益)。
その規範になっているのがコードと呼ばれる陸生動物衛生規約です。家畜の感染症、発生時の通報、情報交換、畜産物の輸出入の際の衛生基準と措置、その他、輸送方法や病原体の撲滅方法、疫学調査、最近はリスク分析方法までコードに書かれており、毎年、非常に分厚い改訂版が出ています。
ペットを含めた家畜以外は野生動物と定義
OIEが野生動物疾病の届出制度を導入した際、野生動物ワーキンググループに野生動物をどう定義するかを諮問し、2008年にOIEのアドホックグループが定義に同意したのが、図表7(国際野生動物疾病届出制度 野生動物の定義)の非常に簡単なマトリックス2×2による分類です。通常はヒトのケアも受けていないし、ヒトと関係なく自然に生きてきた動物というのが野生動物ですが、ここではペットを含めた家畜以外はすべて野生動物としています。ペットとして飼育されたが、放棄され自然界で勝手に繁殖しているアライグマや、動物園の動物のようにケアは受けているけれど遺伝的な改変や選択が行われていないものもなど、すべて感染症の対象としては野生動物に入れようという考えです。
これに基づいて届出疾病のリストに野生動物の疾病が新しく加わりました。野生動物の間での感染症、野生動物からヒトにくる感染症などです。集まったデータは、野生動物疾病の国際分布について、世界の変化を継続的にフォローして公表されます。情報として公開されるものは、各国の野生動物疾病の発生状況、個々の疾病の国別発生状況、個々の野生動物における疾病の発生状況。それから、疾病別の野生動物への侵潤です。
例えば日本であればどんな野生動物の報告があったか。鳥インフルエンザで見るならどういう国で出てきたか。動物種でコウモリと引けばどんな感染症が世界で流行っているか。あるいは病気から見れば口蹄疫がどこで出たか、どれからでも引けるようになっています。
OIEのホームページを開き、トップページから「animal health in the world」をクリックし、その中の「WAHIS」で世界の動物衛生システムを開いた上でデータベースにアクセスして、国別か、疾病別か、管理措置その他を選び、もし地図に出したければマップを要求して、病原体と動物と発生期間を入れれば、知りたい情報にたどりつけます。
国境を越える病原体を封じ込め、隔離する
2011年に第1回目の「国際野生動物カンファレンス」が開かれ、さまざまな議論をしてきました。その中の1つが、野生動物と家畜の病原体伝播を食い止めるために、国境での統御が難しい時に、どういう形で感染症を封じ込めるか。その方法として広域のゾーニングと、施設そのものを分離する封じ込め、コンパートメンタリゼーションという考え方が提案されました。
封じ込め地域を隔離するゾーニングは、渓谷や大河、人工的な地理的区切り、あるいは高速道路、県境、州境、海峡で汚染地域と清浄地域を区切ろうというものです。
コンパートメンタリゼーションは、適切な管理システムの適用で施設内の家畜を守る。野鳥によるインフルエンザウイルスの侵入を防止することはできないため、家禽を野鳥のウイルスから隔離する方法を確立して、封じ込めとして認めようということです。
そのためにはサーベイランス(監視)やトレーサビリティなど群識別や個体識別のシステムも必要になります。また、要件は疾病ごとに異なるため、疾病ごとに適用範囲を決めていこうという考え方です。
各国に野生動物監視の拠点(フォーカルポイント)を置くことも提案されました。1国1機関をOIEが認定します。そこは、その国の脊椎動物に関する知識、基礎生物学的理解を持ち、一般的な野生動物疾病の知識はもちろん、野生動物疾病や人獣共通感染症、公共獣医療に関するほかの組織とコミュニケートできる能力を持っていることが必要条件です。
OIEが指定した日本のフォーカルポイントは環境研究所です。誰も知らないと思うのです。ここは非常に問題で、日本の動物由来感染症は感染症法ですから、単純に言うなら厚生労働省所管の獣医師が基盤になりますが、OIEは農林水産省の獣医師を対象にしています。フォーカルポイントの環境省にはほとんど獣医師がいません。そうした日本の事情からすると、この縦割りの3つが動くのはなかなか難しいですが、徐々に機能するようになってきているとは思います。
医学と獣医学の連携が始まった
世界に3つ、OIEがつくった野生動物のコラボレーションセンターがあります。南アとカナダ、アメリカで、特に素晴らしいのはアメリカ・USGSの国立野生動物健康センターです。これは米国地質研究所の生物資源分野の1つですが、職員70名以上の他に、世界中から若手の研究者を呼んでいます。研究所のうたい文句はどこも同じですが「野生動物とエコシステムの健康のために、科学に基づく政策決定を促進させて、情報提供、健全な科学、技術支援を通じて国と自然資源に奉仕する」ですが、実際には情報収集だけではなく、かなりハードもソフトも充実しています。日本が追いつく目標になるところだと思います。
2012年に世界医師会と世界獣医学協会が協定を結び、「マンハッタン原則」の「One World、One Health」の理念に基づいた協力関係を築きました。それを受けて2013年に日本医師会と日本獣医師会が学術協定を結んでいます。2015年5月にマドリードで開催された世界医師会と世界獣医学協会による「One Health」に関する国際会議には、日本の医師会と獣医師会のそれぞれの代表が参加して日本の状況を報告しました。このように、徐々に分野を超えた連携が始まりつつあります。「マンハッタン原則」にはそうした力があるのだと思います。
2009年の時の、獣医師会での紹介の原稿(学術集会要旨)です。学術集会は2010年の冬でした。原稿を書く時、既に山内一也先生、鹿児島大の岡本嘉六先生が、情報をもっていて、「世界は一つ、健康は一つ」のキーワードを紹介してくださいました。もう8年も前のことになってしまいましたが、やっと世間の注目を浴びる概念になってきたと思います。
2ページ目
2017年10月に、3,4年生に、再度One World, One Healthに関する講義をする機会がありました。実例をいれて説明しようと思い。スライドを以下のように改訂しました。
マンハッタン原則の意味の解釈が容易になったのではないかと思っています。
2015年が明けました。銚子の千葉科学大学に来て約3年が過ぎました。
一緒に入学した学生さんたちが、もう4月からは最上級生です。早いものです。
2年生、3年生の後期15回の講義と期末テストが終わり、ホッとしています。
1月15日は日本学術会議第二部の「獣医分科会」と「食の安全分科会」の合同委員会が
ありました。第23期の活動方針の検討を行いました。
1月17日は犬山のモンキーパークで霊長類熊本サンクチュアリーの委員会がありました。
1月19日は長野県飯田市で獣医さんとお医者さんに、それぞれ「国際家畜感染症の対策」
「エボラ出血熱とデング熱」の講演をしました。飯田は私の出身地です。
1月22日はバイオセーフティー研修会がつくばでありました。「動物実験と危機管理」
という題で講義をしました。
1月24日は科学技術振興機構サイエンスプラザでリスコミ職能教育プロジェクト「BSEの
振返りーリスクコミュニケーション」に関するワークショップと討論が朝の10時半から
4時半までありました。とても勉強になりました。報告書は3月には出来上がるそうです。
1月25日は東大で日本学術会議、統合生物委員会の「ワイルドライフサイエンス分科会」
がありました。
1月26日は日本証券経済倶楽部で「デング熱とエボラ出血熱」の講演をしました。この
倶楽部での講演は、これで3回目です。分野は違いますが、いつも興味を持ってくれて
話し甲斐があります。
1月27日は進行再興感染症(厚労省科研費)の研究成果発表会でした。
BSEの振返り、リスコミ職能教育プロジェクトの時のスライドです。
厚労省科研費、新興・再興感染症研究事業の3年目の事後評価のスライドです。研究班の班員の皆さん、ご苦労様でした。できれば、27年度から新しい視点で研究を継続できればと思っています。
1月29日は厚生労働省で検疫所の方の研修会でした。朝10時から午後4時半まで、講演と
討論のメニューです。私は「動物由来感染症と検疫所の役割」と題して、輸入動物の安全
管理について講演しました。検疫所の動物届出制度の現状と課題について、各検疫所の
報告も聞かせてもらいました。いろいろ参考になりました。
研究の課題と新しい展開に示したように、現実的な対応を考えたいとおもっています。
2月6日、本千葉で動物取扱責任者の研修会があり、8回目(最終)の講演をしました。
昨年から千葉県中を回りました。千葉県の広さを感じました。
2月12日、愛媛県庁で会議があり、獣医学教育の現状と課題等について検討しました。
2月14日、つくばで予防衛生協会主催のシンポジウムがありました。サル類の技術者・研究
者のためのシンポジウムで、18回になります。再生医療、エボラ出血熱の特別講演、飼育
ケージ改良など、興味ある内容の発表でした。
2月27日は厚生労働省の科学研究費でH27年度からスタートする研究のヒヤリングがあり
ました。調査研究の継続と、動物由来感染症の監視体制の確立と、データベース構築を
提案してきました。
2月28日は、東大農学部の一条ホールで、実験動物の情報公開と透明化を巡るシンポジウム
があり、開会の挨拶をしました。新しい科学と社会の在り方を巡る議論がなされました。
3月8日は銚子で濱口梧陵の防災・防疫を巡るシンポジウムがありました。濱口梧陵と
感染症と題して講演しました(データは濱口梧陵シンポジウムに掲載してあります)。
3月16日、東大農学部で獣医の3,4,5年生を対象にした講義のビデオを収録しました。
タイトルは「人獣共通感染症と新しい獣医師の役割」です。獣医の学生さんが学外のイン
ターンシップで学ぶ前に事前学習するものです。VPcampという文科省支援のプロクラム
の一環です。http://www.vetintern.jp/に載っています。
3月16日午後、日本食肉消費総合センターの理事会がありました。昨年のシンポジウム記録
知っておきたい国産食肉の安全・安心の本ができました。動物感染症のリスクコントロー
ルという題で講演した内容が載っています。センターのHPにも、これまでの講演記録が
載っているのでHPをリンクしていただくことにしました。
3月21日京都府立医科大学で、日本実験動物協会の教育・セミナーフォーラムがあり、動物
実験の透明性と公開について、シンポジウムで挨拶をしました。
4月13日、日本学術会議のオープンサイエンス分科会の委員会がありました。ビックデータ
をどのように共有し、アクセスするか。どのようなルールが必要か、ニーズは等、いろい
ろ議論が必要です。
4月22日に利根川のアメリカナマズ駆除の戦略の話し合いがありました。これまでの研究成
果を検索してみました(利根川アメリカナマズの項目にスライドあります)。現在調査研
究案を作成中です。
5月9日かながわ保全研究会に出席しました。今回のリスクシナリオのテーマはデング熱に
なりそうです。興味深いです。
5月11日は日本獣医生命科学大学で講義でした。獣医学科の5年生に動物由来感染症について
講義しました。
5月18日は厚生労働省の動物由来感染症研究班の統括会議でした。
5月28日は学術会議食の安全分科会の本年第2回目の会議でした。
米国のコーネル大学の食の安全管理学部の教育の現状について紹介しました。
その時のスライドを以下に示します。
6月13日京都府立医大で日本フンボルト協会の総会があり出席しました。
6月22日は産業総合研究所の動物委員会でした。
6月23日は日本実験動物協会で技術指導員の面接試験でした。
6月27日熊本サンクチュアリーの会議で熊本宇土まで日帰り出張でした。
6月30日厚生労働省に新興再興感染症研究班の第1回総合班会議を行いました。
7月11日麻布大学で第24回「サル類の疾病と病理の研究会」がありました。サル類を用いた研究の推移と課題といった内容で基調講演をしました。サル類を用いた研究環境が以前に比べて厳しいこと、研究のニーズと成果を明らかにし、研究者が社会と信頼関係を持つことが重要である点を述べました。
7月25日、26日は千葉科学大学で2回目のオープンキャンパスでした。
加瀬先生の野生動物対策の電気柵は、初めての試みで人気がありました。
7月28日、食肉フォーラムで「マンハッタン原則」の講演をしました。
7月30日は日本学術会議、食の安全分科会で、「学校給食と食品管理科学教育」の議論を
しました。
8月4日、5日北海道大学で日本学術会議第2部会があり、参加しました。
8月10日、11日は東大牧場で1年生の見学・実習がありました。ウマやウシ、ブタ、ヤギ
など、ほとんどの学生さんは見たことがなく、興奮気味でした。
8月18日は埼玉県で第1回の動物取扱い者への講演を行いました。昨年の千葉県に続くもの
です。内容は少しバージョンアップしました。
8月24日と27日は内閣府の食品安全委員会でした。それぞれ、耐性菌とクドアのリスク評価
でした。
8月29日には千葉科学大学で第3回のオープンキャンパスを開催しました。
8月31日、青山のNHKカルチャー講座で第1回の講義「生物の進化の謎と感染症」をしまし
た。10月2日から始まるラジオ講座を兼ねたものです。