「実験動物の技術と応用:入門編、実践編の増補改訂版」が、17年ぶりに発刊されます。2022年度からは、新しいテキストに基づいた資格試験になります。八神先生(編集委員長)以下、多くの委員、著者の方々の努力のおかげて、新型コロナウイルス流行にも影響されず、無事に出来上がりました。入門編と実践編の「はじめに」を書きました。

 2019年、今年は台風に向かって今治、松山、羽田、東京、新白河と運休前の便でたどり着きました。2018年の白河実験動物技術者研修のスライドを再検討し、少し内容を変えました。2019年9月9日の講義です。約束したように内容をアップしておきます。研修を終えてから、もう一度見てください。研修生の皆さん11月末の実施試験で会いましょう。

 実験動物技術者とは何か?どのようなミッションを負っているのか?どのような役割を期待されているのか?そもそもベースとなる動物実験の意味は?科学と社会の信頼関係は?といった問題を紹介し、白河研修会のモチベーション向上のスタートのしたいと思います。「科学と社会の関係」は、通常、議論の的になったり、話し合いのテーマになるような題ではありませんが、本当は非常に重要な問題です。

 

 本講義は、ここから始めたいと思います。かつてのように自然科学が社会を牽引し、科学の発展がそのまま人類の幸福につながるという神話が崩れ始めているという認識が必要です。科学と社会はどのような関係が望ましいか?その中で、動物実験科学とは、どのように認識されているのか?考えてみましょう。

 

 自然科学に対する社会の認識は、以下のように変化してきています。

①科学の進歩が必ずしも、常に良い結果をもたらすとは限らない

  (環境汚染、地球温暖化、原子爆弾・・・・・)

②ゲノム科学(生命工学)が進みすぎている?(神の領域への挑戦?)

  (発生工学、クローン生物、遺伝子組換え生物、ゲノム編集生物)

③20世紀の科学技術は多くの問題を生んだ!

  科学者だけでは解決できない問題も、科学研究者に任されてしまった。

  (トランスサイエンス分野:公害、原発、臓器移植)

 こうしたことから、自然を顧みない、人間中心主義への反省、成長社会から持続可能な社会への転換が提言されています。国連サミットでは、21世紀を迎え、ミレニアム開発目標(MDGs)を採択しました。15年タームの目標でしたので、2015年のサミットで、新たに2030年までの目標として「持続可能な開発目標SDGs、Sustainable Development Goals」を採択しました。17のゴール、169の目標をきめました。「地球上の誰一人として取り残さない」というのが、基本姿勢です。

 

 動物実験科学が人類の健康と福祉、幸福に必要であるといいつつも、その正当性の根拠が少しゆらいできています。「人のためとはいえ、動物の命を犠牲にすることは許されるのか?」という疑問には、いろいろな説明がなされてきました。その中で提案されたのが3Rです。 

 現在、動物実験の規範となっている3Rは、どのような経緯で生まれたのでしょうか?また、動物実験を支える3つの要素、研究者・研究資源・研究支援者(実験動物技術者、実験動物管理者)はどのような課題を持っているのでしょうか?社会に動物実験の必要性と正当性を認識してもらうには、どのような手続きが必要か考えてみましょう。

 1959年、ラッセルとバーチが、「動物福祉(安寧):animal welfare」と実験動物が動物実験の過程で受ける「痛みや苦痛」の対立をどのように融和するか?を考えた結果として「人道的動物実験技術の原則」という本を書きました。その中でいわれていた3R(代替、削減、洗練・苦痛軽減)が、国際的な動物実験の倫理規範になりました。

 さらに、研究者には研究倫理が、国には研究資源(実験動物、遺伝子、細胞その他のツール)の確保、研究支援者(実験動物技術者)の育成が求められるようになりました。

 

 研究資源の確保には、2002年に文科省が国の予算をつぎ込むことに決めました。ナショナル・バイオリソース・プロジェクト(NBRP)です。生命科学研究に必要な研究資源の確保を国家予算で支援するというものです。2007、2012と5年毎の見直しを行い、2015年からはAMED(国立研究開発法人日本医療開発研究機構:Japan Agency for Medical Research and Development)の傘下に入って、当該研究機関が国からの予算をもらい、公的に研究資源を維持・分配する役割を負っています。

 実験動物技術者の育成は、後述するように認定高校や認定大学などが本格的に、その育成を始めるとともに、企業などが現場で教育を行います。1級、2級の試験を高校、専門学校、大学、一般というカテゴリーで受験し、合格すれば公益法人の日本実験動物協会から認定されます。1級合格者は、その後5年間の現場での経験を積んだのち、実験動物指導員として申請する資格を持ちます。指導員に認定されれば、次世代の実験動物技術者を育成する役割を負います。岡山理科大では獣医関連専門家(VPP:Veterinary para-professionals)の、一領域として、非獣医職の生命科学分野の専門家として実験動物技術者を育てる教育カリキュラムを組んでいます。

 VPPに関しては、このHPの別の項目に紹介しています。国際政府機関である世界動物保健機関(OIE)は、世界の獣医事の司令塔となる国際機関です。この機関が獣医学のコアカリキュラムを提示した後、2017年に提言したのが獣医関連専門家(VPP)の養成でした。岡山理科大学の獣医保健看護学科は、この趣旨を実現化するために獣医学科とともに設置された新しい学科です。

 

 

 動物実験の関連する法律「動物の愛護と管理に関する法律」では、数度の改正を経て、現在は、動物実験の在り方について、以下の規定が定められています。

 動物実験生命科学の基礎をなす重要なツールであり、その研究成果は社会に大きな影響力を持つようになっています。だからこそ研究者を含む動物実験の関係者は、実験の遂行に当たその正当性や適性性を確保し、必要な実験が適正になされていることを公開する必要ある。社会と科学(学術)のよりよい関係は相互の信頼によるものであり、実験の透明と公開性は、今後ますます重要とななります。まとめると以下の7ステップが必要です。

1、実験の正当性(社会のニーズに応えているか?)justification
2、実験の適合性(基準、指針に合致しているか?)compatibility
3、実験の適正性(実験はルールを順守しているか?)compliance
4、1,2,3は実施されているか自己評価 validation (PDCA)
5、1~4は、問題ないか? 検証(第三者評価) verification
6、1~5は、公明(透明性)を持っているか? translucent
7、1~を、公開し信頼を得る 公開 publication

 動物実験では、動物を通して人への影響を外挿することが多くあります。その際には遺伝的な因子(種を超えた生物の共通性、種差の補正、個体差の縮小)と非遺伝的な因子(環境の影響の均質化、実験誤差の減少)を考慮して結果を分析します。また、動物とヒトの反応性については、類推法と比較法が使われます。

 動物実験の生命科学への貢献を示す例として、ノーベル賞の受賞例があります。1901年にロバート・コッホ研究所で北里柴三郎とともにジフテリア毒素の研究を進め、抗体による抗毒素血清療法を確立したエミール・ベーリングが第1回のノーベル生理学医学賞を受賞しています。それ以来2015年の大村先生の受賞まで120件弱の研究がありますが、そのうち約90件(75%強)は動物実験の結果がキーになっています。以下にそのリストを示します。2018年の今年は、免疫における抗体の多様性(免疫リンパ球のゲノムの再構成:リアレンジメント)を、利根川先生と争っていた本庶佑先生が免疫癌治療薬オプシーボの研究でノーベル生理学医学賞をもらいました。おめでとうございます。

 

1901年 エミール・アドルフ・フォン・ベーリング:抗血清療法ジフテリア・齧歯類

1902年 ロナルドロス:マラリア(ハマダラカの媒介を証明

1903年 ニールスフィンセン:尋常性狼瘡の光線治療

1904年 イワンパブロフ:消化腺生理、条件反射

1095年 ロベルトコッホ:結核に関する研究(コッホの4原則・牛、羊、齧歯類

1906年 カミッロゴルジサンティアゴ・カハール神経細胞構造・犬、馬、鳥)

1907年 シャルル・ルイ・アルフォンス・ラヴラン:マラリア原虫の発見・鳥)

1908年 エールリヒ イリヤ・メチニコフ:抗体側鎖説、貪食細胞鳥、魚、ナマコ

1909年 エーミール・テオドール・コッハー:甲状腺機能(クレチン病)、肩関節脱臼手術

1910年 アルブレヒトコッセル:蛋白質、核酸の研究鳥、魚

1911年 アルヴァル・グルストランド:眼の屈折機能解析

1912年 アレクシス・カレル:血管縫合、臓器移植、器官培養

1913年 シャルル・ロベール・リシェ:アレルギー、アナフィラキシーショック犬、兎

1914年 ローベルト・バーラーニ:内耳の構造と機能(生理学)

1919年 ジュール・ボルデ:補体結合反応、百日咳菌分離モルモット、兎、馬

1920年 アウグスト・クローグ:毛細血管運動の調節機構カエル

1922年 アーチボルド・ヒルオットー・マイヤーホフ:筋肉の代謝カエル

1923年 フレデリック・バンティングジョンリチャードマクラウド:インスリン発見犬、兎

1924年 ウィレム・アイントホーフェン:心電図法開発

1926年 ヨハネス・フィビゲル:寄生虫発癌説(ゴンギロネーマ・マウス

1927年ユリウス・ワーグナー=ヤウレック:神経梅毒の認知性麻痺治療(マラリア原虫)

1928年 シャルル・アンリニコル:発疹チフス(シラミ媒介を解明・チンパンジー、齧歯類)

1929年 クリスティアーンエイクマンフレデリックホプキンズ:ビタミンの発見・鶏)

1930年 カール・ラントシュタイナー:血液型発見(免疫の自己認識)

1931年 オットー・ワールブルク:腫瘍細胞の代謝、呼吸系の研究

1932年  チャールズ・シェリントン、エドガー・エイドリアン:神経細胞機能・犬、猫

1933年  トーマス・ハント・モーガン:動物遺伝学(ショウジョウバエの連鎖解析)

1934年 ジョージ・ウィップル、G・マイノット、W・マーフィ:悪性貧血の肝臓療法

1935年 ハンス・シュペーマン:発生学、オーガナイザー(イモリ、カエル)

1936年 ヘンリー・ハレット・デールオットーレーヴィ:神経伝達物質(猫、鳥、爬虫類、蛙)

1937年 アルベルト・セント=ジェルジ:ビタミンCとフマル酸代謝(ウニ)

1938年 コルネイユハイマンス:血圧、血液酸素と呼吸調節(犬)

1939年 ゲルハルト・ドーマク(辞退1947年受賞):合成抗菌薬(プロントジルマウス、兎)

1943 カール・ヘンリク・ダムエドワードドイジー:ビタミンKの発見と構造決定(鶏、魚)

1944年 ジョセフ・アーランガー、ハーバート・ガッサー:神経線維と活動電位(猫、カエル)

1945年  フレミング、エルンスト・チェーン、 ハワード・フローリー:ペニシリン(兎、齧歯類)

1946年 ハーマン・J・マラー:X線による突然変異ショウジョウバエ

1947年 カール・コリ、ゲルティー・コリバーナード・ウッセイ:糖、グリコーゲン消費(犬、蛙)

1948年 パウル・ヘルマン・ミュラー:DDT(殺虫剤)開発(サル)

1949年 ウォルター・ヘスエガス・モニス:間脳機能、ロボトミー手術(脳梁切断・猫)

1950年 エドワード・ケンダル、フィリップ・ヘンチライヒスタイン:副腎皮質(牛、犬、豚)

1951年 マックス・タイラー:黄熱病ワクチン(サル、マウス)

1952年 セルマン・ワクスマン:ストレプトマイシン発見(モルモット)

1953年フリッツ・アルベルト・リップマンハンスクレブス:解糖系、TCA回路(鳥類、哺乳類)

1954年エンダース、トーマス・ウェーラ、フレデリック・ロビンス組織培養、ポリオ(猿、マウス)

1955年ヒューゴテオレル:酸化酵素(馬)

1956年・クルナンディキソンリチャーズ、ヴェルナ・フォルスマン:循環器、カテーテル

1957年ダニエル・ボベット:クラーレ筋弛緩効果、神経伝達阻害剤(犬・兎)

1958年・ビードル、エドワード・タータム、ジョシュア・レダーバーグ1遺伝子1酵素

1959年セベロ・オチョア、アーサー・コーンバーグ:核酸合成酵素発見

1960年マクファーレン・バーネットピーター・メダワー:免疫寛容(鶏、マウス)

1961 ゲオルグ・フォン・ベケシ:内耳蝸牛構造(モルモット)

1962年 ジェームズ・ワトソンフランシス・クリック、モーリス・ウィルキンス:DNA二重螺旋

1963年 ジョン・エクレス、アラン・ホジキン、アンドリュー・ハクスリー

(神経細胞・猫、蛙、イカ)

1964年 コンラート・ブロッホフェオドル・リュネン:脂肪酸代謝(ラット)

1965年 F・ジャコブ、アンドレ・ルウォフ、ジャック・モノー:オペロン、遺伝子発現調節

1966年 ペイトン・ラウス、チャールズ・ハギンズ:肉腫ウイルス(腫瘍ウイルス・兎、ラット、鶏)

1967年 ラグナー・グラニトハルダン・ハートラインジョージ・ワルド:視覚・鶏、兎、蟹、魚)

1968年 ロバートホリー、ハー・コラナ、マーシャル・ニーレンバーグ:コドン解読・ラット)

1969年 マックス・デルブリュック、アルフレッド・ハーシーサルバドール・ルリア:ファージ

1970年  カッツ、 ウルフ・オイラージュリアス・アクセルロッド:神経伝達物質(猫、ラット)

1971年 エール・サザランド:cAMP、セカンドメッセンジャー(哺乳類肝臓)

1972年  ジェラルド・モーリス・エデルマン、ロドニー・ポーター:抗体構造(兎、モルモット)

1973年 ローレンツ、カールフリッシュティンバーゲン:動物行動学(蜂、鳥、魚)

1974年 アルベルト・クラウデクリスチャン・デューブ、ジョージ・パラーデ:細胞小器官(鶏)

1975年  ルベッコ、 ハワード・テミン、デビッド・ボルティモア:逆転写酵素(猿、鶏、鼠)

1976年 バルチ・ブランバーグダニエル・ガジュセック:伝達性海綿状脳症(チンパンジー)

1977年 ギレミンアンドリュー・シャリー、ロザリン・ヤロー:ペプチドホルモン(羊、豚)

1978年 ダニエル・ネイサンズ、ハミルトン・スミス ヴェルナー・アルバー:制限酵素

1979年 ゴッドフライハウンスフィールド アラン・コーマック:CT撮影法(豚、牛)

1980年 バルフ・ベナセラフ、スネルジャンドーセ:MHC、組織適合抗原(マウス)

1981 スペリー、デビッド・フーベルトルステン・ウィーセル:大脳半球、脳地図(猫、サル)

1982年ベルイストレーム,サムエルソン ジョン・ヴェイン:プロスタグランディン(兎、齧歯類)

1983年バーバラマクリントック:トランスポゾン(可動遺伝子)

1984年ェルネ ケーラー、 ミルスタイン免疫網、イディオタイプ、MoAb(マウス、兎)

1985年マイケル・ブラウン、ゴールドスタイン:コレステロール代謝(マウス、ラット、兎)

1986年リータ・モンタルチーニ、スタンリー・コーエン:細胞(神経)成長因子(マウス、鶏)

1987年 利根川進:抗体産生細胞(B細胞)遺伝子再編(マウス)

1988年・ブラック ガートルード・エリオン、・ヒッチングス:新規薬物療法(猿、犬、兎)

1989年マイケル・ビショップ、ハロルド・ヴァーマス:プロトオンコジーン(前癌遺伝子・鶏)

1990年 ヨセフ・マレー、エドワード・ドナル・トーマス:臓器移植、細胞移植(犬)

1991年 エルヴィン・ネーアー、ベルト・ザクマン:イオンチャンネル(カエル)

1992年  エドモンド・フィッシャー、エドヴィン・クレープス:蛋白キナーゼ(ラット、兎)

1993年  リチャード・ロバーツフィリップ・シャープ:RNAスプライシング(ラット、マウス)

1994年 アルフレッド・ギルマン、マーティン・ロッドベル:G蛋白質の発見(兎、牛、ラット)

1995年 エドワード・ルイス、エリック・ヴィシャウス、フォルハルトショウジョウバエ発生

1996年  ・ドハーティーツィンカーナーゲル:細胞性免疫(MHC I,II拘束・マウス)

1997年  スタンリー・B・プルシナープリオン説(羊、マウス、ハムスター)

1998年 ファーチゴット、ルイ・イグナロ、フェリド・ムラド:NOの血管生理作用(兎)

1999年 ギュンター・ブローベル:輸送と定位のための蛋白マーカー機構(マウス、ラット)

2000年 カールソン、グリーンガード、エリック・カンデル:シナプス(アメフラシ、マウス)

2001年  ハートウェル、ティモシーハント、ポール・ナース:細胞周期(ウニ、カエル)

2002年 シドニーブレナーロバート・ホロビッツ、ジョンサルストン:アポトーシス(線虫)

2003年 ポールラウターバー ピーター・マンスフィールド:MRI開発(蛙、兎、ラット、犬)

2004年  リチャード・アクセル、リンダ・バック:嗅覚受容体の解析(ラット、ショウジョウバエ)

2005年  バリー・マーシャル、ロビン・ウォレン:ヘリコバクターピロリ菌と胃癌(豚)

2006年  アンドリュー・ファイアー、クレイグ・メローiRNAによる遺伝子発現調節(線虫)

2007年 マリオ・カペッキ、オリヴァー・スミティーズ マーティン・エヴァンズマウスES細胞

2008年 ・ハウゼン フランソワーズ・バレ、モンタニエ:HIV,パピローマ(齧歯類)

2009年 ブラックバーン、キャロルグライダーショスタク:テロメア(テトラヒメナ、蛙、マウス)

2010年  ロバート・G・エドワーズ:体外受精(兎、マウス、ラット)

2011年 ボイトラー,ホフマンスタインマン樹状突起細胞、トール様受容体(昆虫、マウス)

2012年  ジョン・ガードン 山中伸iPS細胞(蛙、マウス)

2013年 ランディ・シェクマン、ジェームス・ロスマン、トーマス・スードフ:小胞輸送システム

2014年 オキーフ、マイブリッド・モーセル、エドワルド・モーセル:脳内空間認知(ラット)

2015年 ウイリアム・C・キャンベル、大村智、屠呦呦:線虫、原虫(マラリア)治療薬(線虫、イヌ)

 ノーベル賞の他に、動物実験の進歩が明らかになる事例には、ポリオ(小児麻痺)の克服に関する歴史があります。人類のポリオ感染に関する歴史は古く、エジプト第18王朝(BC1580-1350)の板碑(ヒエログリフ)にポリオ患者と思われる人の像が描かれています。ポリオは数千年にわたって人の社会で小さな流行を起こしていたと思われます。しかし、ポリオの明らかな大流行は1903-1906年、スウェーデンで約1000名の発症者が見られた時からです。それ以前に、米国では1894年、バーモントで132名の発症者を出す流行が起きています。そして、1908年カール・ランドシュタイナー(1930年血液型の研究でノーベル生理学医学賞を受賞)が患者の脊髄乳剤を2頭のサルに接種し、伝播に成功しました。ヒト以外でポリオを起こした最初の動物実験です(動物実験、ヒトの代替)。この年、ランドシュタイナーとErwin Popperが、ポリオウイルスを分離しています。

 

 1916年、米国でポリオの大流行が起こり、ニューヨーク市では9000人以上が発症、ポリオの本格的な研究が始まりました。1930年以後はポリオ研究にサル類が使用される時代となりました。チンパンジーやカニクイザル、アカゲザルなどが疾患モデル動物として利用されるようになりました実験動物、疾患モデル)。その結果、ウイルスは経口感染し、腸管でウイルスが増殖した後、神経系に侵入することが明らかにされました(伝播経路とウイルス分布の解)。第2次大戦後の1949年、エンダース等が組織培養法を開発し、ポリオウイルスCPE(細胞変性効果)を認め、それまで動物接種によって測定していたウイルスの力価(ウイルスの量)を培養細胞で測定できるようにしました(動物から細胞への代替法)。

 1952年米国で最大のポリオの流行が発生し、5万人が発症しました。膨大なサルへの感染実験から、ポリオウイルスには1, 2, 3型(血清型)あることが明らかにされました。翌年の1953年にはソークがサル腎細胞でウイルスを増殖させ、不活化ワクチンのサルへの接種を行い、安全性と有効性を確認しました。サルへの接種前臨床試験)。  

 しかし、1954-55年、米国でソークワクチンの接種(183万人が参加)が行われ、成功例と事故例(カーター事件)がおこりました。ウイルスが十分不活化されていなかったため、ワクチン接種者が発症しました。1959年にはセービンによる生ワクチン開発が成功しました。

 1959-61年には日本でポリオの流行が起こり、5600人が発症しました。緊急にワクチンの輸入が認められ、ワクチンの導入により流行を収めました。これを契機に、日本では独自のワクチン開発が始まりました。1980年代になって、天然痘の撲滅宣言をだしたWHOは、次いでポリオ根絶計画をスタートさせました。

 1985年ポリオウイルスの立体構造が決定され、1990年には、人とサルにしかなかったポリオウイルスの細胞受容体(レセプター:PVR)が発見されました。遺伝子工学の発展に伴い、1991-94 PVRを組み込んだTG(トランスジェニック)マウスが開発されました 動物数削減サルの代替)。そして、 2012年、ポリオの流行を統御した日本では、生ワクチンから不活化ワクチンへの切り替えが認められました(人の安全性)。

 このように約100年かけて、ヒトの代替、疾患モデル開発、前臨床試験の確立、細胞培養法の発見、不活化ワクチン・弱毒生ワクチン開発、動物削減、動物代替・・・と動物実験が現実の場面で進化を遂げてきました。

 

 20世紀は分子生物学からゲノム科学へと生命科学が飛躍的に進歩した時代です。簡単に振り返ってみましょう。近代科学(18世紀~20世紀)はニュートンのプリンピキアが原点と言われています。近代科学は中世の宗教の影響から独立するために、客観性(主観の排除、宗教、哲学、倫理、政治の排除)を重んじ、価値観の中立性、対象をモノとしてとらえ、要素に還元してアプローチする方法をとりました。また実験科学を基盤に再現性を重視しました。そのために情報として解析可能なもののみを対象として科学を進めました。さらに普遍性として、科学は真理に終息するという信念、真理は一つであるという考え方をとりました。これはシンプル・イズ・ベストにつながり、複雑系を嫌う側面がつよくなりました。

 分子生物学が展開される直前には、ダーウインの「種の起源」(1859年)、モルガンのショウジョウバエ研究による遺伝子の連鎖(1901年)などが発表されています。

 分子生物学の第1期には、肺炎連鎖球菌(当時は肺炎双球菌)の遺伝形質(強毒、弱毒性)からDNAが遺伝形質を担うこと(1944年)、ワトソンとクリックによるDNAの2重螺旋モデルが提唱され(1953年)、ニーレンバークが、リボゾームでの翻訳において3塩基で1アミノ酸をコードすることを明らかにしました(1964年)。分子生物学が開花した時代です。

 分子生物学の第2期は、遺伝情報を担うDNAを生命科学に利用しようという時期です。1973年にコーエンとボイヤーが、DNAの切断とプラスミドへの挿入法を確立しました。これにより、遺伝子を自由に細胞内で発現することが可能になりました。最初の標的になったのは大腸菌、そしてマウス(成長ホルモンの発現によるスーパーマウス)、また1986年にはPCR法が開発されDNA断片の複製が可能になりました。

 第3期は、ヒトが対象となり挿入遺伝子による遺伝子治療が始まりました。さらに再生医療の原点となるES細胞(胚性幹細胞)開発、羊のクローン動物作成などを経て、山中伸弥教授らがiPS(誘導型多分化能体性幹細胞)へと進みました。そしてヒトゲノムをはじめとする多くの生物のゲノム解析時代に入りました。ゲノムとは?について考えてみましょう。

 

 ゲノムと遺伝子はよく混同されますが、同じものではありません。遺伝子を全部足せばゲノムかと言えば、そうでもありません。実際、ゲノムのサイズ(塩基対の数)と遺伝子の数は比例しません。モデル植物と言えるシロイズナズナのゲノムは1億4200万塩基対で2万6千の遺伝子をコードしています。他方モデル動物といえるショウジョウバエのゲノムは1億3700万塩基対で、シロイズナズナと変わりませんが、遺伝子数は、シロイズナズナの約半分の1万4千個しかありません。

 ゲノムは単なる遺伝子の集合体ではありません。「生命の単位で切り離せない、分解できない、まるごとの複雑系で意味をもつ単位である」(中村桂子)と言えます。種の単位(Specion)ともいえます。例えば、進化の過程では魚類、両生類までは、遺伝子でなくゲノム自身を倍加するという試みをしています。尾索動物のホヤのゲノムサイズが1.6億塩基対、頭索動物のナメクジウオのゲノムサイズが約5億塩基対から見ると脊椎動物はゲノムを4倍(

2回の重複)にするところから始めたように見えます。生物学的には、ゲノムは「生物が機能的に完全な生活をするために必要な遺伝子群を含む染色体の一組」ということになります。

 進化的には、ゲノムはゲノムとしての進化の戦略をもち、遺伝子の戦略とは違います。Hox遺伝子で明らかなように、頭索動物のナメクジウオで揃ったホメオボックス遺伝子群はその後の脊椎動物では4倍体になります。そのためHoxA、B、C、Dクラスターが基本となります。ゲノムの倍加戦略は、魚類、両生類まで試みられますが、爬虫類、鳥類、哺乳類では遺伝子の重複、欠失、組換え、染色体上の位置の移動(シンテニーで明らかにされた)などにより、発現効率を変える方向で環境適応をするようになりました。ゲノムサイズから比較すると、種の分岐とネオテニーの関係が見えてきます。具体例としては、爬虫類から鳥類へ、爬虫類から哺乳類への分岐があり、鳥類から哺乳類への分岐はない可能性が分かります。実際、化石からも原始哺乳類の方が、原始鳥類の出現よりも早くなっています。

 

 

 初期の原索動物から脊椎動物(無顎類)へ、顎口類(軟骨魚類、硬骨魚類)、両生類までは、ゲノムの重複(倍数体)とトランスポゾンを利用した遺伝子の転座・偽遺伝子化などによる冗長性の獲得がゲノムの基本戦略のようです。脊椎動物は、基本的にその原型、頭索動物ナメクジウオのゲノムの4倍体となっています。Hox遺伝子群や、MHC(主要組織適合抗原遺伝子群)などに、その面影が残っています。

 このように、ゲノムの倍数体化は魚類、両生類までです。ゲノム量が多くなりすぎると進化は袋小路になる危険性があるようです。また、種の分岐は、魚類から両生類、両生類から爬虫類に分かれるときに、比較的早期(極端なゲノム倍加の進んだ種でなく、原始形態に近い種から生じる、ネオテニー?)に起こったようです。

 その後、性染色体の形態学的・遺伝的発現力の強さにより倍数化が不可能になったようで、爬虫類、鳥類ではゲノムサイズは安定的減少に入ります。そして、哺乳類は、鳥類ではなく爬虫類から分岐し、哺乳類では遺伝子の重複等によるゲノムサイズ安定的微増およびゲノムのシンテニー領域の変動よる染色体のシャッフル、遺伝子の読み取り効率の良さを変えることで、夜行性から昼行性、雨林から草原へと、その棲息環境の変化に適応してきたと思われます(詳しくはホームページの現代生物進化1,2を見てください)。

 

 生物のゲノム解析は技術革新により、予定よりも早く進みました。現在ではヒトをはじめ、ほとんどの生物のゲノムが明らかにされ、データベース化されています。その後、コンピュータの進歩で、膨大な情報を蓄積、利用できるようになり、遺伝情報だけでなくプロテオームメタボロームなどの解析情報も自由に利用できる体制となりました。

 科学的に膨大なデータを対象に研究を進め、ビックデータを共同で利用するオープンサイエンスや、論文データを集積してビッグデータをさらに解析するメタアナリシス(メタ解析)などの手法が使われるようになりました。また、全ゲノム配列が明らかにされたため、ピンポイントで遺伝子などを入れ替えるゲノム編集手法が取り入れられました。こうした科学はどこに向かおうとしているのでしょうか?

 実験動物を用いたポストゲノム解析の柱の一つであった、ランダムなノックアウトマウスを用いて、網羅的に遺伝子機能の解析しようというサチュレーティド・ミュータジェテシス(saturated mutagenesis)法は、ゲノム編集に代わられるでしょう。SNPを利用したオーダーメイド医療は、iPSと並んで推進されるでしょう。複雑系を解くキーはオープンサイエンスの中から出てくるかもしれません。

 

 21世紀のサイエンスに期待される課題は、科学と社会で言ったように、20世紀型の高度成長と飛躍的な進歩というよりも、「持続可能な社会の確立」であり、感染症の統御、食料安定供給、環境保全といった新しい、医・食・住の問題でしょう。

 21世紀にライフサイエンス(生命科学)が重要視されるのは、20世紀に起きた種々の対立命題、自然科学と社会科学の乖離、科学と倫理・哲学との分離、単純系と複雑系の対立、開発と環境保全の矛盾などの問題にこたえられる科学であるという期待でしょう。

 ライフサイエンスの根底にある思想は、生命史、進化論と生物多様性への理解、人間中心主義を排して、ヒトを生物としてのヒトの位置に戻すことであると思います。40億年の生命史を理解し、それぞれの生物の末裔が多様化・重層化し、現在の地球という一つの世界を維持しているという考えです。

 

 地球上に最初に出現した細菌は、いまでも酸素、窒素をはじめ、大気、水、土壌の物質、エネルギー循環の基盤を支えています。また食物連鎖の原点です。細菌を原生動物(例:鞭毛虫)が食べ、それを単純な多細胞生物(例:ワムシ)が食べ、それを小魚が食べ、大型の魚類や甲殻類が食べ、それをヒトなどが食べる。他方、ヒトや高等動物は様々な疾病や感染症などで死亡する。死亡の原因となる単純多細胞生物の寄生虫やカビなどは原虫などの単細胞生物の感染により滅ぼされる。原虫は細菌やウイルス感染により処理される。こうしてみると、細菌やウイルスは、生物界のスターターでありターミネーターでもあります。両者が同一であるために、エネルギーも食物も環境も循環できています。

 そうした理解に立つと、ヒトがどこから来たか?ヒトは何者か?ヒトはどこに行こうとしているのか?という疑問は、社会科学の問題だけではなく、優れて自然科学の問題です。自然科学がこれを理解するするツールは、ヒト自身とヒト以外の生物の比較科学と複雑系の処理技術になるでしょう。ライフサイエンスの基礎となる動物実験の意味がここにあります。その意味で、ライフサイエンスは、「ヒトに役立つ研究」と「ヒトを知る研究」があることになります。ヒトに有用な研究のみが注目されますが、ヒトの立ち位置を理解するライフサイエンスはとても重要な研究です。環境破壊の怖さは、40億年続いた、この持続可能な生物の循環社会を破壊してしまう怖さなのです。

 

 日本の現行法「動物の愛護と管理に関する法律」では、動物実験は機関管理です。

その基本姿勢は、①研究・教育機関などの機関管理とし、多様なスタイルに合わせた自己ルール、自己責任で、正当な動物実験を行う。そのために、動物実験委員会が実験計画を審査してうえで、承認されたためものだけが実験を遂行することになります。②自己評価体制、実験実施者が自己評価する体制です。毎年、実験の進捗状況や計画の実行性に関する報告を行い、機関の部局委員会や機関の親委員会で報告を受け、集計と評価をまとめます。③情報公開。機関で実施された動物実験の集計・評価を公表し、実施された実験の透明性を確保します。実験の正当性、適正性の説明責任は研究者側にあるという考え方です。④努力目標から必須事項に変わりつつあるのが第三者評価です。研究機関で行われている研究、および組織、運営の検証を行い、客観的に評価(相互評価方式を含む)するというものです。

 動物の愛護と管理に関する法律は、5年ごとのみなおしがあります。2012年の法改正では、動物実験に関する条項は基本的に変化はありせんでした。しかし、機関に最低1名の実験動物管理者を置くというルールを実行するための研修会が開催され、また37年ぶりに「実験動物の飼養保管基準の解説書の改訂がなされました。2018年には、法改正による変化はありませんでしたが、種々の検討事項が付記されました。

 同時に、動物実験の現場では、研究内容、研究者の資質の変化が進んでいます。直接自分で実験動物を扱う研究者が漸減し、遺伝子や細胞のみを扱う研究者が増えてきています。また技術者の認定も、出来上がった技術者を認定する制度から、高校や大学で教育を受け実技を学んだ学生さんの受験者数が増え、資格試験化してきています。また、その技術も分化し、専門家しつつあります。教育・認定制度も、こうした変化に対応してきています。

 

 高度な専門技術者の育成、認定とその再生産は、徐々に確立されてきていると思います。初心者、2級、1級の受験者は教育機関や現場教育で育てられ、それぞれのレベルに達しているかどうか、筆記と実技試験により評価されます。それを担うのが日本実験動物協会と実験動物指導員です。基本的には実験動物技術者が次の世代の技術者をそだて、評価するという再生産システムを考えました。

 指導員は、毎年、実験動物指導員研修会があり、全体討議と各専門に分かれて教育、試験内容、評価方法等について議論し、情報の共有と評価基準等を決めます。また、毎年、東京と京都で教育認定フォーラムがあり、いろいろな新しい情報を吸収し、3年に1回づつ資格の更新を行います。

 今後の実験動物技術者をめぐる目標としては、実験動物技術者の役割に対する社会的認知度の向上、②待遇の改善、③職業に対するインセンティブの向上などが考えられます。

 そのためには、これからもライフサイエンスの基盤となる動物実験の必要性の理解を広げる。いろいろな場面(動物実験規範、マニュアル、非臨床試験(GLP)や第三者評価等)で、資格技術者数の占める割合の明示を求める等の活動を通じて、機関における実験動物技術者の必須性をアピールする。国際的な動物実験福祉政策の観点から、研究に対する実験動物技術者の支援による研究の洗練が一層必要であることの理解を高める。研究者は動物実験の管理を、実験動物の管理(実験動物管理者)は、技術者が行うという分業体制を明確にする必要があると思います。

 

 白河研修、頑張ってください!是非、試験に合格してください。

 そして指導員になって、優秀な次世代の技術者を育ててください。

 ライフサイエンスの研究には、優秀な技術者が必要です。

 

妻と作った人形。

娘の修学旅行の写真をもとにしました。

妻と作った人形。

娘の修学旅行の写真をもとにしました。

オリジナルの写真です

 

娘のドイツ時代のカーニバルの写真です。大家さんは子ネズミちゃん「モイスヒェン」といっていました。

下の人形は妻の作品です。

先日、妻の作品が創刊700号記念家庭画報大賞の佳作に入りました。

題「何して遊ぼう」です。

 

妻が、稽古に通い、粘土で作った作品です。昨年、東京フォーラムで、他の生徒さんと一緒に展示されました、「仙人草」

(水やり不要です)。

妻の人形作品です。

ドイツ時代の香代の幼稚園の友達です

ある夏のスナップです。妻の父母、娘、甥たちの集合写真から作りました。