ニュースがあります。2023年に「かながわ保全研究会」で、SFTSのゲームを作成しました。2023年度の岡山理科大学獣医学部の今治キャンパス学園祭でゲームを開催したり、獣医学生の5年時のアドバンスト教育の人獣共通感染症学実習で実施しました。
SFTSウイルスになってダニに乗って、環境中を移動しながら増殖していくユニークなゲームです。Youtubeで遊び型の実演をしました。
2019年11月2日、岡山理科大学今治キャンパス、獣医学部の大講義棟で第2回国際シンポジウムがありました。今回のテーマは「今注目される新興ダニ媒介人獣共通感染症」でした。SFTSを中心に国内外の研究者による講演がありました。
これまで、私が理解していたSFTSとやや違う印象を受けました。それは、
①ネコが異様に感受性が高い(人よりも高い)こと、
②ダニだけでなく、ネコからヒトが感染する例が増加しつつあること、
③ネコもヒトも不顕性感染がほとんどなく、SFTSVに暴露・感染すれば、ほぼ100%近く発症すること。
④発症後の致死率はネコがほぼ60%、ヒトは20~30 %と非常に高いこと。です。
ヒトでのリスク管理(幸いアビガム;ファビピラビル、が有効のようです)、ネコでのリスク管理(有効なワクチン開発)が必要と思います。早急にネコでの実験が必要になっていると思います。本学の森川先生からスライドを拝借し、少し改変して新たに6枚加えました。
今回の講演では、原因ウイルスであるSFTSVとダニと野生動物や愛玩動物とヒトの関係について考えてみました。ダニとウイルスの循環に巻き込まれた野生動物の関係、さらにダニが愛玩動物やヒトを巻き込む状況、その回避方法と対応について、他の感染症と比較して統御の難しさを考えてみました。
本研究会を率いている小池剛さんの「かながわ保全医学研究会」の紹介です。
【かながわ保全医学研究会とは】 :保全医学とは、主に人為的な影響(温暖化や森林伐採等)による生態系の変化とそれに付随する感染症や健康問題を人間のみならず家畜、野生動物、環境(生態系)全体の健康問題として捉え、その関係や原因を追究する学問で、医学、獣医学、生態学のみならず社会学や経済学も含んだ学際的な学問です。 近年、提唱されている「One Health」(人、動物、環境(生態系)の健康は相互に関連していて一つである)という考え方も同じ考え方に立脚するものです。
かながわ保全医学研究会は、保全医学的な視点から人獣共通感染症等について神奈川県としての対応を見つめ直し、効率的で効果的な施策の提言を行うことを目的に平成21年4月に神奈川県職員の自主研究グループとして発足しました。
2019年8月17日に横浜の波止場会館で「かながわ保全医学研究会」のワークショップがありました。この研究会は立ち上げの時に人獣共通感染症について講演しました。その後、千葉科学大学のころは、月1回の研究会にたびたび参加し、高病原性鳥インフルエンザやデング熱のプロジェクトに顔をだしていました。今治に行くことになり、参加する機会がなくなっていましたが、今回、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の問題を検討したいので、講演に来るように依頼をうけました。
東日本と異なり、愛媛県は宮崎県と並んでSFTSの問題には悩んでいます。四国では頻繁にSFTSのシンポジウムも行われています。もう一度、愛媛県の対応を考えてみるのにもいい機会と思い、これまでの耳学問を自分なりに整理してみました。
「かながわ保全医学研究会」のメンバーも新しい人が増えましたが、懐かしい顔も見られました。講演後のグループワークは非常に活発で、さすがに保全医学研究会の本領が発揮されていて、伝統が継がれていることがわかりました。また、自分たちの問題として愛媛県でも考えてみたい方向も少し理解できました。本当に楽しい1日でした。
講演の内容は、STFSの経緯、SFTSVの感染経路とマダニの生態、予防と治療です。最後におまけを2枚付け加えました。また、講演後のグループディスカッションの資料も許可をもらって載せました。
この感染症が最初に報告されたのは中国です。2006年秋の安徽省の患者14名が最初と考えられているようです。発熱、白血球減少、血小板減少、消化器症状等が共通してみられました。当時は、原因はヒト顆粒球性アナプラズマ症が疑われていたようです。
2009年から本格的な調査が始まり、この重症熱性血小板減少症候群が新しい感染症で、原因が新規のウイルス(ブニヤウイルス科のフレボウイルス属のFSTSVと命名されました)であることが発表されたのは2011年のNew Engl. J Med.でした。2006年の事例は戻り調査でSFTSと診断されたものです。
その後、2007年ころから拡大し、2010年の調査結果(2006年から2010年の5年間)では感染者総数は約800人(平均160人/年)でした。2014年(2010年からの5年間)までの累計患者数は3500人(平均700人/年)、2016年の感染者数は、1年間で1,300人超といった状況です。中国では、2016年までに7,419名が感染し355名が死亡 (致死率は4.8%)したと報告されています。
可能性としては、①診断技術の向上+監視体制の拡大による総数の増加、②ダニからヒトへの感染率が増加している可能性があります。また、③人―人感染は、 中国10例、韓国1例、日本0例です。家庭内での接触、院内感染事例も報告されていますが、現時点でのヒトのR0は幸い、まだゼロに近いといえます。
この感染症の2番目の報告は韓国で、2012年8月の死亡例が戻り調査により初めて確認されました(この年2例)。2103年からは国レベルでの調査が開始されたので正確な数字が示されています。
2013年は感染例が36人(17人が死亡)。2014年は55人が感染し15人が死亡。2015年は79人、2016年は165人、2017年は272人、2018年は259人が感染しています。最近は年間200人から300人が発症しているようです。
致死率については、韓国全体で、2014年から2017年までの発症者が571人、死亡者が110人で19.3%になっています。また、Jejuでは2014年7月から2018年11月までの5年間の発症者数が55例、死亡例が6例(致死率は10.9%)で、全て60歳以上の高齢者であったと報告されています。
中国、韓国、日本以外では、①ベトナムでSFTSの発生報告があります。Hue大学病院で2017年10月~2018年3月の間に熱性疾患で入院した80人を対象に調査した結果、②
SFTSウイルス遺伝子検査で、渡航歴のない2人が陽性になりました。この③遺伝子配列は日本型のJ3に該当しています(渡り鳥により運ばれた?)。さらに、米国、インドでも類似のウイルス感染症報告があります。
日本の初発例は2013年1月の海外渡航歴のない患者さんでした。厚労省は2月にSFTSを4類感染症に分類し、病原体取扱規則の3種病原体としました。そのため2013年以降は、正確な数字が報告されています。
患者数は2013年から2019年まで、40人、61人、60人、60人、90人、77人、57人(途中なのでもう少し増加します)と推移しています。また、死亡者数は14人、16人、11人、8人、8人、4人、2人です。総数では、発症者数が445人、死亡者数は63人で致死率は14.2%です。しかし、グラフで明らかなように、2013年から2016年までの発症者が約半数の221人で死亡者が49人(致死率22.2%)に対して2017年から2019年の発症者が224人、死亡者は14人(致死率6.3%)と減少しています。早期の診断と対症療法(あるいは治療?)が効いている可能性があります。
日本では、①患者数は60~90人/年、②死亡数は近年、漸減している。また、③流行は、毎年4~9月で、そのピークは5~7月です。
日本における年齢別の発症・死亡率を見ると、中高年の発症者が多く、死亡率は高齢者が高いこと、韓国と類似して60歳代からは発症者・死亡者数ともに多いことがわかります。また男女差がないことも中国、韓国と類似しています。SFTSの特徴のようです。
日本におけるSFTSの患者の分布は、現時点では西日本に偏っています。南九州、四国、中国地方がメインになっています。これはSFTSウイルスを保有するフタトゲチマダニとタカサゴキララマダニの生息分布に関係していると考えられます。ただ、SFTSウイルスに対する抗体を保有する日本シカの分布は、中部地方や関東・東北地方にも及んでおり、また、SFTSウイルスの遺伝子を持つマダニは、北海道を含め全国に分布しています。今後、この感染症が東日本や北日本に拡大していくかどうかは、気象の変動を含め、心配なところです。
まとめてみますと、①患者の分布は、現時点では西日本と中心としている。②患者数は60代~80代、死亡数は80代が高い。③抗体陽性シカは、関東、東北まで、他方、遺伝子陽性マダニは北海道まで分布していることになります。
中国からの報告(2011年)で、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の病原体は、ブニヤウイルス科のフレボウイルス属のSFTSウイルスと同定されました。動物からヒトに感染する疾病を人獣共通感染症といい、様々なウイルス病が知られています。
どんな種類のウイルスも人に感染しそうですが、そうではありません。ウイルスといってもDNAウイルスは天然痘ウイルス(ゲノムサイズ240K塩基)のように非常に大型で100を超す蛋白質を合成できるものから、わずか2種類の蛋白質しか合成できない超小型のパルボウイルス(ゲノムサイズ5K塩基)まで種々の多様性があります。他方、プラス鎖のRNAウイルスは、中型の大きさのコロナウイルス(ゲノムサイズ30K塩基)から超小型のピコルナウイルス(ゲノムサイズ7~8K塩基)まで、それなりの多様性を持っています。しかし、マイナス鎖のRNAウイルスは、ゲノムサイズが10K~14K塩基、粒子サイズが80~150nmとほとんど均一です。
図に示したように、フレボウイルス属のSFTSウイルスはマイナス鎖のRNAウイルスで、ゲノムサイズは12K塩基、ウイルス粒子サイズは110nmと典型的なマイナス鎖RNAウイルスです。特徴はマダニにより媒介される点です。
Zoonotic virusesの項でも紹介しましたが、全てのウイルスが動物からヒトに感染するわけではありません。まとめてみますと、ある特徴があります。
① 最も多様性を持つのはDNAウイルス、次いでプラス鎖のRNAウイルス
② 最も均一なウイルス群がマイナス鎖RNAウイルス(最も新しい?)
③ DNAウイルスで、人獣共通感染症(zoonosis)の病原体となり得るのは、ポックス、ヘルペスウイルスまでで、アデノウイルス以下のサイズのウイルスはzeroです。+鎖のRNAウイルスはコロナからフラビウイルスまでで、カリキウイルス以下のサイズのウイルスはzeroです。他方、-鎖のRNAウイルスはすべての科のウイルは、人獣共通感染症を起こし得るウイルス(Zoonotic virusで宿主域が広い)です。
したがって、人獣共通感染症の教科書の大半は、マイナス鎖のRNAウイルスについて書かれています。ヘンドラ、二パウイルス、狂犬病、リッサウイルス、クリミア・コンゴ、ハンタウイルス、SFTS、南米出血熱ウイルス、ラッサウイルス、エボラウイルス、マールブルグウイルス、高病原性鳥インフルエンザウイルスなどです。
SFTSウイルスのゲノムは、3つの分節(L.M.S)に分かれています。L分節:RNAポリメラーゼでウイルスゲノムを複製する酵素です。M分節は、ウイルスが細胞に吸着・侵入する際に働く外被(エンベロープ)糖タンパク質をコードしています。糖蛋白質N(Gn)と糖蛋白質C(Gc)。S分節はゲノムRNAを包む核蛋白質(NP)と抗IFN(インターフェロン)作用を持つ非構造蛋白質(NSs)等をコードしています。ウイルスの受容体については、非筋肉型ミオシン重鎖IIAあるいはC型‐レクチン(DC-SIGN)が考えられています。
ここからはSFTSの感染経路について考えてみましょう。キーワードは、ウイルスとダニとシカです。SFTSウイルスは、ダニを自然宿主としています。日本ではダニが寄生する野生動物(シカやイノシシなど)が、中国の報告ではほとんどの家畜(ウシ、ヤギ、ヒツジ、ブタなど)がウイルスの増幅動物として挙げられています。最近は、後述するように愛玩動物もSFTSウイルスの感受性動物としてヒトへの感染源となるケースが報告されています。
マダニは、生物分類では節足動物門(約4億年前)のクモ綱(約3.8億年前)、ダニ目(
1.5億年~6600万年前)に分岐したマダニ科のグループです。
シカは、脊椎動物門(約5.5億年前)、魚類と両生類(4.5億年、3.7億年前)、爬虫類(3億年前)、哺乳類(2.5億年前)に分岐し、反芻亜目、シカ科が分岐したのは5000万年前と考えられています。
ウイルスの分岐は、明らかでなく諸説がありますが、DNAウイルスのバクテリオファージが原核細胞時代の約30億年前、プラス鎖RNAウイルスが真核細胞の出現時の20億年前、マイナス鎖RNAウイルスの出現が節足動物出現の4億年前と考えられます。
従って、もっとも古い出会いのシナリオでは、マイナス鎖のRNAウイルスと節足動物が接した頃にはじまり、その後、増幅動物として魚類から陸生に進化したカエルのような両生類やトカゲのような爬虫類を選んだグループもいたかもしれません。しかし、外温性動物(変温動物)の両生類や爬虫類よりも、鳥類や哺乳類のような内温性動物(恒温動物)の方が、ウイルスの増幅効率としては有利です。増幅動物として哺乳類を巻き込んだのはかなり後であったでしょう。
ウイルスがダニ目に出会うのが約1億年くらい前、反芻動物のシカなどの祖先を増幅動物にしたのは約5000万年前とも考えられます。しかし、実際にシナリオが成り立つのは、それよりもずっと後だったかもしれません。
しかし、ヒトの進化を見ると、霊長類は4500万年前くらいに原猿類と真猿類が分岐し、類人猿となるのが2500万年前、その後、オランウータン、ゴリラが分岐し、ヒトがチンパンジーと分かれたのが700~500万年前、現生人類がアフリカから放散するのが、約6万年前ですから、上記のストーリは、随分古い時代になると思われます。
SFTSVが属するフレボウイルス属の系統樹を見てみると、興味深いことが分かります。フレボウイルス群は、最初にマダニグループを宿主とするウイルス群からスタートしました。地域的には野生動物を増幅動物として維持されていたのでしょう。しかし、ダニは自力では大陸を超えるような移動は不可能で、鳥類やコウモリを媒介動物として各大陸に拡散していったと考えられます。定着した地域では野生動物を増幅動物として維持されています。
やがて、フレボウイルス群はダニではなく吸血昆虫(サシチョウバエや蚊)に適応した株が分岐しました。両グループのミッシングリンクに位置するのが、北海道でシュルツェマダニから分離されたMUKV(Mukawa virus)ということになるのでしょう。同様の分岐は、ダニと吸血昆虫が共存する、いろいろな地域で起こったと思われます。ちなみに、昆虫側の最初の分岐株TOSVは、トスカーナ・サシチョウバエ(Toscana Sandfly)によって媒介されるウイルスです。
SFTSVは、種々のマダニで媒介されますが、中国では主にフタトゲチマダニとオウシマダニ、日本ではフタトゲチマダニとタカサゴキララマダニ、韓国でもフタトゲチマダニとなっています。
これらのマダニの一生は、とても興味深いものです。①春に活動を始めた雌の成ダニは、中・大型動物(シカなど)を吸血し(6~10日間)、交尾後に吸血源の野生動物から離れ、地上に落下、土の中に産卵します。通常、1匹の雌の成ダニは1000個近い卵を産むようです。②受精卵は孵化後、幼ダニに発育し、野ネズミなどの小型哺乳類を3日~4日間吸血します。飽血状態になり、地面に落下後、休眠します。1週間程度で脱皮し、若ダニへと成長します。③若ダニはウサギなどの中型哺乳類や鳥類に寄生し、4日~5日間吸血し、飽血状態で地面に落下し、休眠します。④若ダニは、その後、脱皮し2~3週間後に成ダニになります。このように、マダニ類は一生の間に3回動物種を換え吸血することが必要となります。その寿命は平均2~3年といわれています。
具体例としては、成ダニは夏に活発に活動し、秋に産卵して死亡します。卵は翌年の春から夏に孵化し、幼ダニは夏から秋に活動し、吸血して休眠に入ります。さらに翌年の春から夏に若ダニが活動し、吸血後に休眠に入ります。三年目の夏に成ダニとなった雌は吸血、交尾して産卵します。ダニの種類により期間は異なりますが、フタトゲチマダニの生涯は、このようなパターンであると思われます。
SFTSを媒介する主なマダニには以下のものが知られています。
チマダニ属キチマダニ (Haemaphysalis flava)は、日本全土の平地に普通にみられるマダニ。冬期でも活発に活動する。山地にも多い。 大きさは2~3mm、体色は薄い黄色を呈しています。SFTS、日本紅斑熱、野兎病を媒介します。
チマダニ属フタトゲチマダニ (H. longicornis)は、日本全土にみられ、特に、九州から近畿地方に多く生息しています。都市部・市街地でも見られます。大きさは 2~3mm、有性生殖と単為生殖がみられます。ほぼ雌だけの単為生殖系統は全国的に分布し、有性生殖系統は西日本に分布しています。SFTS、日本紅斑熱を媒介します。
キララマダニ属タカサゴキララマダニ (Amblyomma testudinarium)は、東南アジアに生息。日本では西日本・南西諸島に多く生息しています。6~7mmの大型で、イノシシを主に吸血します。幼ダニは、葉に集団で待機します。SFTSを媒介します。
上記の他に、SFTSV遺伝子陽性のダニとして、オオトゲチマダニ、ヒゲナガチマダニ、ヤマアラシチマダニ、タカサゴチマダニ、ヒゲナガチマダニ、タイワンカクマダニが報告されています。
また、動物に吸着していない未吸血若ダニ(前年幼ダニ)でもSFTS遺伝子が陽性であることから経卵感染がある可能性が示唆されています。
SFTSウイルスの伝播様式を考えてみると、①ウイルスを保有している成雌ダニから卵を介して幼ダニにSFTSVが伝播している(経卵性伝搬)こと、若ダニではすでに未吸血でもウイルス遺伝子が検出されます。基本はダニの中でウイルスが維持されていると考えられます。②ウイルスを保有する若ダニ、成ダニに吸血された野生動物(シカ、イノシシ、サル、タヌキ、アライグマ、ハクビシンなど)が感染し(中国では家畜が増幅動物となっているようです)、ウイルス血症を起こしウイルスを増幅します(ウイルス増幅動物)。③未感染の成ダニがウイルス血症を起こしている野生動物などから吸血すると、産卵前には1mlくらい吸血するので106~107のウイルス(イヌのウイルス血症の例)を取り込むことになります。このようにダニと哺乳動物間のサイクルが成り立ちます。⑤これらのダニが産卵するときは、卵を介して幼ダニにウイルスが伝播します。⑤ヒトは、ウイルス保有ダニに吸血されることにより感染することが主と思います。⑥しかし、イヌ、ネコのような愛玩動物もSFTSVに関しては、高い感受性を持っているので、愛玩動物が感染し、ヒトにウイルスを伝播するケースも報告されています。⑦さらに、今のところケースは稀ですが、家族内や院内での人―人感染も報告されています。
まとめてみると、SFTSVのヒトへの感染は、以下のように考えられます。
①基本的には、マダニの経卵感染(垂直感染)でSFTSVは、維持されている。
② マダニの生活環(幼、若、成ダニ)の吸血で野生動物や家畜が巻き込まれる(ウイルス増幅動物)。ウイルス血症の野生動物や家畜からマダニにSFTSVが戻る。成雌ダニでは、産卵前に大量の吸血を行うので、効率よく卵にウイルスが移行する?
③ マダニからヒトが感染:重症熱性血小板減少症候群(SFTS)を発症する。
④ 愛玩動物(イヌ、ネコ)がマダニから感染、発症、ヒトに感染させる。
⑤ 稀に、ヒトーヒト感染(家族内、院内感染)が起こる。
最近報告された、愛玩動物からヒトが感染したと考えられる事例を挙げておきました。これ以外にも数例、獣医さんを含め愛玩動物から感染した事例が知られています。
今回、本学で開いた国際シンポジウムの講演を聞いて、これまで、私が理解していたSFTSとやや違う印象を受けました。それは、①ネコが異様に感受性が高い(人よりも高い)こと、②ダニだけでなく、ネコからヒトが感染する例が増加しつつあること、③ネコもヒトも不顕性感染がほとんどなく、SFTSVに暴露・感染すれば、ほぼ100%近く発症すること。④発症後の致死率はネコがほぼ60%、ヒトは20~30 %と非常に高いこと。です。
ヒトでのリスク管理(幸いアビガム;ファビピラビル、が有効のようです)、ネコでのリスク管理(有効なワクチン開発)が必要と思います。早急にネコでの実験が必要になっていると思います。本学の森川先生からスライドを拝借し、少し改変して新たに6枚加えました。特に、ネコでの発症例報告が多いのに、抗体陽性例の報告がないことは、不顕性感染例がほとんどないことを意味しています(感染すると発症する?)。
SFTSを発症したネコ、イヌの報告例とSFTS患者の発生地域は一致しています。西日本ではSFTSV陽性のダニの率が高く、また増幅動物である野生動物(シカ、イノシシ、タヌキ、アライグマなど)の抗体保有率も高いので、高リスク地域といえます。
こうした地域は南西日本から徐々に東に拡大していっています。ヒトもイヌ・ネコも基本的にはウイルス陽性のマダニに刺されることが原因と考えられます。ただ、ヒトとネコがSFSTVに対して高い感受性を示すことが問題です。特に最近、ネコのSFTS発症例が、西日本の広い地域から報告されており、150例を超す陽性例が鹿児島県から三重県まで、知られています。
卵から成ダニまで、各ステージの吸血前と吸血後のウイルス陽性率やウイルス力価はどうなっているのか?それは、各ステージでの吸血対象動物のウイルス陽性率やウイルス力価、抗体陽性率や抗体価と関連するか?気になりました。なかなか、そういう視点で解析しているデータはありません。昆虫学者とウイルス学者と感染症学者のクロストークがないためでしょう。とりあえず、手に入る文献で穴埋めをしてみました。ほとんどの論文は、こうした興味で解析されていないので、十分なデーターは入手できませんでしたが、ある程度の傾向はみられるようです。
実験感染と違い、フィールドでのサンプリングなので、仕方ないと思いますが、しかし、意外とデータにはバラツキがないようにも見えます。当然、データは、SFTSの流行地でのデータです。
マダニの成長ステージに合わせて、吸血の対象動物と想定される動物群に関して、SFTSV遺伝子保有率と抗体陽性率の解析をまとめた論文は少ない。中国から最近、関係論文を一定の基準で採用し、メタ分析したデータが公開された。それらのデータを含め、3編の論文をまとめてみた。
その結果、幼ダニの対象となる、野鼠や食虫目のトガリネズミでは、野生動物としては抗体陽性率は低いが、SFTSV遺伝子陽性率は、他の動物種とあまり変わらない。
若ダニの吸血対象となる鳥類は、鶏しかデータがない。飼育鶏では、ダニとの接触がないので、抗体陽性率は低い。これは、いくつかの例外を除けば、家畜でも見られる。他方、野兎は、ウイルス遺伝子保有率、抗体陽性率ともに非常に高く、若ダニと野兎はウイルスの増幅系となっている可能性が高い。
成ダニでは、野生動物(日本の鹿、猪はこのデータには入っていないが、これまでの報告では抗体陽性率は高い)や放牧家畜、野犬(日本のデータでは野猫も)抗体陽性率は高い。
この中で,猫のみがウイルス遺伝子保有率が高く、野猫(あるいは、ネコ科の野生動物も含まれるかもしれない)は他の野生動物に比べて、ウイルス増殖動物としてのリスクが高い可能性がある。
フィールド材料なので、網羅的な解析は困難です。それでも、メタ分析を含め、ウイルスの自然界での振る舞いを科学的なデータで再構築できれば、対策を考える際の利点になります。また、異分野の研究者の連携がなければ、正確なデータは得られません。統合的な研究が進むことが必要です。
これまでのデータから考えられること、ダニと動物の関係をウイルス学的視点から、まとめてみました。
SFTSに有効なワクチンはまだ開発されていません。そのため、現時点での有効な予防手段としては、マダニに咬まれないように気をつけることが重要です。特に、若ダニや成ダニの活動が盛んな春から秋(4月~9月)にかけては、マダニに咬まれる危険性が高まるので、注意が必要です。
マダニの活動時期に、草むらや藪など、マダニが多く生息する場所に入る場合には、図のような服装が推奨されています。①長袖・長ズボン(ズボンの裾は靴下や長靴の中に入れる or 登山用スパッツを着用する).を着用する。②足を完全に覆う靴、帽子、手袋を着用し、首にタオルを巻く等、できるだけ肌の露出を少なくすることが重要です。③服は、明るい色のもの(マダニを目視で確認しやすい)がよいとされています。また、④DEET(ディート)という成分を含む虫除け剤(医薬品)の中には服の上から用いるタイプがあり、補助的な効果があります。また、マダニ駆除として除虫菊エキスを使ったエアロゾール(医薬部外品)もあります。⑤屋外で活動した後は入浴し、マダニに刺されていないか確認する必要があります。特に、首、耳、わきの下、足の付け根、手首、膝の裏などがポイントです。マダニに吸血された場合は皮膚科などを受診し、マダニを除去してもらう必要があります。
マダニの吸血は、針を刺すのではなく、「噛む」ことによります。マダニの口器は鋏のような形状をしており、これにより皮膚を切り裂きます。さらに、口下片と呼ばれるギザギザの歯を刺し入れて、宿主と連結し、皮下に形成された血液プールから血液を摂取するという独特の吸血様式です。そのため、容易に皮膚からダニを除くのは困難です。切開してマダニを除去するのが一番確実といわれています。
ディート(DEET)は昆虫などの忌避剤として用いられる化合物です。その構造は、N,N-ジエチル-3-メチルベンズアミド(N,N-ジエチル-m-トルアミド)で、メチルベンゼンと2分子のエチルを持つカルボン酸アミドです。分子量 191.27で、常温では無色の液体です。水には溶けにくくアルコールなどの有機溶媒にはよく溶けます。虫よけ効果の持続は、ディートの濃度5%では約90分、10%で2時間、30%で8時間、100%では10時間です。従って、長時間活動するときには、「繰り返し」塗る必要があります。
もともと、ディートは、第二次世界大戦中のジャングル戦の経験に基づき、アメリカ陸軍で開発されました。1946年に軍事用、1957年に民生用の使用が開始されました。日本では、DEET10%以下の製品しかありませんでしたが、2016年に、人体用害虫忌避剤として、高濃度製品(DEET30%)が第二類医薬品として販売が認可され、市販されています。
現在ほとんどの虫よけスプレーで、主成分として用いられています。昆虫はディートの臭いを嫌いますが、忌避作用の詳細はわかっていません。また、この効果は昆虫に限らず、ダニやヒルやナメクジ等の一部にも有効です。
マダニ忌避剤として、ディートのことを説明しましたが、マダニ忌避剤としては、イカリジンも有効です。イカリジンは西ドイツのバイエル社が、ディートに代わる忌避剤として開発しました。構造は互いに、やや類似しています。ジエチル(RR)・アミド(N)・カルボニル(C=O)・メチルベンゼン(C6)のディートとメチルプロポキシ・ヒドロキシエチル(RR)・カルボニル(C=O)・ピぺリジン(N・C5)のイカリジンです。
イカリジンは、1986年に「Bayrepel」と命名され、1998年に初めて市販されました。「ディートの代替として同等の効能、ディートのような皮膚刺激性が無い、プラスチックを溶かさない」といった特性があります。高濃度製剤(15%)では、6~8時間有効です。効能としては蚊、ブユ、アブ、マダニの忌避。用法は、缶をよく振って、肌から約10cm離した距離から噴霧する。首筋などは手のひらに一度噴射してから、肌に塗るとされています。
SFTSは、主にSFTSウイルスを保有したマダニに刺咬されることで感染します。潜伏期間は6~14日で、症状は発熱、消化器症状(嘔気、嘔吐、腹痛、下痢、下血)を主徴とし、ときに腹痛、筋肉痛、神経症状、リンパ節腫脹、出血症状などを伴います。また、播種性血管内凝固症候群がみられることもあります。致死率は10~30%程度といわれていますが、最近の事例ではこれよりも低くなっています。現時点での治療法は、対症療法のみです。
おもな臨床検査所見としては、血小板減少(10万/mm3未満)、白血球減少、血清電解質異常(低Na血症、低Ca血症)、血清酵素異常(AST、ALT、LDH、CKの上昇)、尿検査異常(蛋白尿、血尿)などがみられます。血小板減少や白血球減少が認められることから、骨髄検査が実施される場合があります。骨髄検査ではほぼ全例で血球貪食症候群の所見が認められます。
血球貪食症候群は、発熱などの強い炎症症状に加え、いわゆる網内系組織(骨髄、リンパ節、肝臓、脾臓など)において活性化したマクロファージなどの組織球が血液細胞を貪食し、著明な血球減少を生じる重篤な疾患です。ウイルス関連血球貪食症候群(VAHS: Virus Associated Hemophagocytic Syndrome)も種々のウイルス感染で知られています。
SFTSの感染経過を簡単にまとめると以下のようになります。
①感染後1日~7日が発熱期、その後臓器不全期(8~13日)があり、回復期に向かいます(14日以後)。②血中のウイルス量は感染後、上昇し、10日前後でピークに達します。ウイルス血症時のウイルス量が高い場合(1010)には、死の転帰をとります。③ウイルス増殖に伴い、前述した臨床検査所見にみられる異常、AST, LDH, CKなどの血中酵素値が上昇する(多臓器不全につながる)変化が見られます。④早期診断、対症療法等が有効であり、ピーク時のウイルス量が定値であれば、2週間後くらいから回復に向かいます。
SFTSの有効な治療候補薬が検討されています。
2016年2月、厚生労働省研究班のチームがマダニが媒介するウイルス感染症「重症熱性血小板減少症候群」に、ファビピラビルが有効であることをマウスの実験で確かめたと、米微生物学会の専門誌に発表されました。また、2016年6月より愛媛大学、長崎大学、国立国際医療研究センター、国立感染症研究所など日本国内30ヵ所の医療機関が臨床研究を開始しました。さらに、2017年11月、愛媛大学らのグループが、「一定の治療効果が認められた」と臨床研究の結果を発表しました。
ファビピラビル (Favipiravir) は、富山大学医学部の白木公康教授と富士フイルムホールディングス傘下の富山化学工業が共同研究で開発した核酸のアナログで、RNA依存性RNAポリメラーゼの阻害剤です。商品名はアビガン錠 (Avigan Tablet)といいます。アビガン錠は、もともとインフルエンザウイルス阻害薬として開発されました。その後、西アフリカでエボラ出血熱の大流行があった折に、抗エボラウイルス薬として有効性の評価が進められました(エボラ出血熱の項参照)。マイナス鎖のRNAウイルスには、広く効きそうです。
考えられる対応策としては、SFTSVは、一般的なマイナス鎖のRNAウイルスなのでワクチン開発は可能と思われます。しかし、自然宿主がマダニだとすると、撲滅するのは難しいと思われますし、増幅動物が野生動物だとすると、その対応はますます困難です。マダニ対策がベストですが、時間がかかるでしょう。
最近はやりのゲノム編集技術を用いて、①SFTSVに非感受性(受容体欠損)マダニを作成する。②SFTSVに感染すると死亡するマダニを作成する。③SFTSVを破壊する抗微生物ペプチドを特異的に合成するマダニを作成する。などがありますが、まだ夢のような話です。
有効治療薬開発は、ファビピラビル(アビガン)や別の抗ウイルス剤の開発が考えられます。また、ヒト型組換え中和抗体の作成は、現実的な治療方法と思われます。
講演に行く電車の中で、このおまけ2枚を作りました。これまで「かながわ保全医学研究会」で検討してきた感染症と、今回のSFTSがどのくらい違うかを考えてもらおうと思い整理したものです。
①高病原性鳥インフルエンザは、日本に常在しない感染症。病原体は渡り鳥が季節的に持ち込む。まだ有効なワクチンはない or 使用が限定される。しかし、季節性インフルエンザ等に関しては治療薬はある。渡り鳥から鶏 or 豚からヒトへのルートを絶つことを考える。当面は、鶏から鶏への伝播防止がメイン。渡り鳥の季節の対応でOK。
②デング熱:日本に常在しない感染症。まだ、有効なワクチンはない。しかし、感染者から蚊、蚊からヒトへのルートを絶てばよい。幸い、ヒトスジシマカはあまり移動しない。蚊の一生は1か月、吸血量はダニに比べれは極めて少ない、経卵感染はない。冬は越せないので、蚊の季節が終了するまでに封じ込めればよい(デング熱の項参照)。
③豚コレラ:日本では、かつて撲滅に成功した。常在しない。海外から侵入したが初期対応の遅れでイノシシへの拡大が問題となった。ワクチンあり。豚コレラ発生県からの種豚、育成豚の移動禁止、リスク地域での養豚へのワクチン接種。広く陽性地域を囲む県のイノシシへのゾーンワクチンを始める。口蹄疫の時のように、外側(フリー県)から中に向けてイノシシへのワクチン投与。イノシシのR0=1.5であれば33%抗体陽性になれば、イノシシでの流行は止められるので、ワクチン陽性率を確かめつつ、内側にワクチンゾーンを移動させる。
おまけの2は、これまでのものに比べてSFTSの克服にはいろいろな検討が必要ということを言いたかったものです。
自然宿主はマダニと考えられます。この場合、マダニの寿命は平均2~3年(蚊は一カ月、吸血量μlオーダー)。脱皮、産卵のために生涯3回は、異なる動物種から吸血、吸血量は多い(産卵時は約1ml)。1匹の雌成ダニは約1000個の卵を産む。経卵感染するので、ウイルス保有幼ダニは生涯ウイルスを持ち続ける。
SFTSV保有マダニと野生動物の関係では、野生動物がウイルス増幅動物の役割を果たしているようです。野生動物がウイルス感染するとウイルス血症を起こし、ダニと動物で循環が可能になります。また、ネコ科以外の野生動物は不顕性感染?のようです。監視(サーベイランス)はアクティブ・サーベイランスが必須です。ウイルス保有マダニも野生動物も統御不可能と思われます。現時点では、陽性マダニ、野生動物との接触を減らす(教育啓蒙)、ダニ忌避剤の使用くらいしか対応がありません。
愛玩動物とSFTSVでは、ネコ科の動物(イヌ、ネコ)はSFTSVに対する感受性が高そうです。ネコ科の動物という点では、展示動物のライオン、トラ、チータ、ヒョウ・・・も入ります。実際チータは感染・発症・死亡しました。汚染地域の愛玩動物、展示動物は注意が必要です。どのようにコントロールするか方策を考える必要があります。
これは、「かながわ保全医学研究会」でのクループワーキングで写真です。神奈川県にSFTSが侵入、流行するとしたらどのようなルートが考えられるかを議論した結果の図です。ここから始まることになると思います。小池さん、ありがとうございました。愛媛県でも検討してみたいと思います。秋から始まる人獣共通感染症の授業でも使ってみたいと思います。
感染ルートを議論した時に使ったキャラクターです。とても可愛かったので一緒に送ってもらいました。勉強になりました。ありがとうございました。