2016年5月末、畜水産品残留安全協議会の総会で「食の安全とリスク分析の諸問題」というタイトルで講演しました。今もかかわっている食品安全委員会などの経験をもとに、危機管理という新しいキーワードや科学と社会(学術会議報告)といった視点で振り返ってみました。食の3要素、危機管理の3ステップ、リスク分析の3要素と課題といった内容です。
最初に食の3要素について説明します。食に関する問題が発生するとメディアはいつも、食べて安全か?危険か?という物差し(食の安全)で報道しますが、食にはレベルの異なる3要素があります。また危険性もゼロか1かではありません。食の問題は3重の塔のような重層構造からなっています。
1階は、食の安全保障(食の安定供給)で国際的な食料需給の問題です。供給の安定性をどう確保するか、リスク要因としては異常気象、環境汚染、家畜感染症、途上国の人口増加などが考えられます。また、穀物とエネルギーの資源競合(バイオエタノールなど)という新しい問題があります。
しかし、この部分の本質的な問題は「持続可能な食料・環境循環を維持できるか否か?」です。
大気成分、水、土壌に支えられて動物・植物間での食物、エネルギーなどの循環と清浄な環境維持が保たれています。しかし、これらはすべて目に見えない微生物の働きによるものです。この生態系が破壊された時が本当の危機で、人の経済活動が最も強い危害要因と思われます。
国内の目を転じると、最大の問題は食糧自給率の低さです。エネルギーベースで39%と言われる低さで、今後の社会構造の変化、総人口の減少が問題です。人口の再生産:(RO:アールノート)は冪(べき)になります。今の再生産率、女性の生涯産子数1.37~1.40は、夫婦でできる子が3分の2という意味です。 (2/3)x(2/3)?=1世代2/3(66%), 2世代4/9(44%), 3世代8/27(29 %)です。今の年間出生数が約110万人ですから、次世代は70万、次々世代は50万、次々世代は約30万人ということです。近未来の 超高齢化社会、都市と地方の人口格差 (人口偏在)を考えると、早急に超過疎状態の地域で第一次産品を増産するシナリオを考えなくてはなりません。
2階(食の安全)と3階(食の防衛)の基本的な違いは、食の安全は出来上がった体制の中で起こるエラーの検出と是正というステップです。エラーにはヒューマンエラーとシステムエラーがあります。他方、食の防衛はバイオテロやアグロテロが対象です。出来上がった管理体制を混乱・破壊するのが目的です。食の安全が性善説に基づいて統御されるのに対し、食の防衛は性悪説を前提に対応しなければなりません。
さらに重要なことは、三重の塔の構造というのは、土台、すなわち食の安全保障がなければ食の安全はないということです。食料の自給率が低ければ低いほど食の安全は脆弱になります。また、食の安全が確保できないような社会では食の防衛は困難です。偽装や疑似表示が横行する社会では食の防衛はできません。
話題を危機管理に変えます。通常危機は突発的に起こると思われていますが、実際には平常時から進行している危機がたくさんあります。経済的危機、政治的危機、地球温暖化、環境汚染、生物資源の枯渇など、これらはリスク回避に失敗すると破滅的な危機(クライシス)となります。想定外とはしないで、クライシス管理のプログラムを作成しておくことも必要です。
危機管理は3つのステップからなっています。①リスク管理、②クライシス管理、③レリジアンスです。危機の種類は千差万別ですが、この3ステップは共通しています。