今年のサテライト大学院修士課程で研究してくれた馳川さんの発表スライドです。許可を得て掲載します。災害時における障害者の補助犬同伴避難について現状と課題、対応策をまとめてくれました。通常、知っている方は少ないと思いますが、災害時にペットを連れて避難することが同行避難で、昨年、サテライト大学院修士課程の学生さんが研究対象にしてくれました。今年は視覚障害者の盲導犬の同伴避難に関するものです。視覚障害者にとっては盲導犬は自分と一体のもので、ペットとは違い、避難施設でも共同生活が必要です。
盲導犬に関する市民のアンケート結果をみて、私自身も盲導犬に対する認識に、かなりズレたところがあったと反省しています。
身体障害者補助犬は、「身体障害者補助犬法(厚労省、2002年施行)」に基づき認定された犬。特別な訓練を受け、障害者のパートナーでありペットではない。適切な訓練と管理が行われており、清潔で社会のルールを守っている。補助犬は、身体障害者の自立と社会参加に欠かすことができない存在である。使用者に対して日常生活を円滑に送るための実質的な補助と心理面における支援を行っている。常に使用者の傍らに寄り添い使用者の身体の一部となって働き、そのような補助犬を使用者が責任をもって世話をすることで、両者の間には強い信頼関係が構築されている。
2016年5月「補助犬の日・啓発シンポジウム」の「防災と補助犬」では、補助犬使用者の防災について検討された。東日本大震災(2011年)では「障害者の死亡割合は全住民の2倍」。東日本大震災時の全住民(健常者及び障害者)における死亡者の割合(0.78%)と障害者における死亡者の割合(1.43%)は、障害者のほうが約2倍高い。特に視覚障害者、聴覚障害者は情報弱者であり、災害の情報や避難所の情報を得られにくいため死亡割合(視覚障害者の割合1.53%、聴覚障害者の割合1.36%)が高い。避難の遅れ・障害者への支援の遅れも死亡者の割合の増加の一因であると考えられている。平時からの障害者の把握、支援ネットワークの緊密さ、コミュニティの「福祉地域力」、福祉のまちづくり等が関係している。
国連で2006年12月に「障害者権利条約」が採択され、日本は2007年この条約に署名、国内法整備のため「障害者基本法」の改正が行われ、2016年4月「障害者差別解消法」が成立した。「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」は、①国等行政機関や地方公共団体等および民間事業者による「障害を理由とする差別」を禁止すること、②差別解消のための取り組みについて、政府全体の方針を「基本指針」として作成すること、③行政機関やその分野ごとに障害を理由とする差別の解消について具体的内容等を示す「対応要領」「対応指針」を作成すること、④差別に関する相談および紛争の防止等のための体制整備、⑤啓発活動等、障害を理由とする差別を解消するための支援措置について定めている。
補助犬使用者への災害時の対応の現状を把握するため、補助犬の実働頭数が多い東京都、神奈川県の各自治体の避難所運営マニュアルに補助犬の同伴避難が明記されているか調査を行い、記載の有無及びその内容の精査、分析を行った。災害時のマニュアル等に補助犬の同伴避難について記載をしている自治体は全体で3割にも満たなかった。ほとんどの自治体が補助犬の同伴避難を想定していないと考えられる。
補助犬の同伴避難に関してマニュアル等が整備されない背景には、①全国で実働している補助犬は約1,000頭で、人口偏在等を考慮すると、避難所を開設する地域に補助犬使用者がいない可能性が高く、同伴避難受け入れに関してのマニュアル整備等の優先順位が低い。②補助犬使用者が居住している情報は、都道府県や訓練事業者からの情報開示がないため、補助犬使用者が当該市区町村にいるか分からず、対応の必要があるのかが分からない等の理由があると考えられる。今回、東京都、神奈川県すべての自治体の中で、補助犬の同伴避難受け入れについて最も理解されていると考えられるマニュアルは東京都調布市の「避難所運営マニュアル作成のためのガイドライン」であり、補助犬は身体障害者補助犬法によって同伴が認められていること、アレルギー等を起こす可能性のあるその他の避難者に対しては配慮(別室の用意)などが必要であることについて記載があった。
過去の震災における盲導犬使用者の被災状況や同伴避難受け入れ等の事例検討のために、東日本大震災の際に盲導犬使用者を含む被災視覚障害者支援にあたった盲導犬訓練事業所(1事業所、対象者1名)にインタビュー調査を行った。今回のヒアリングでは、東日本大震災時、当該地域における被災した使用者と盲導犬への深刻な被害は認められず、避難所でもスムーズな受け入れがなされた。当該事業所(組織)としては今後、自治体への同伴避難受け入れの要請等は想定していない。
しかし、このヒアリングは限られた事例であり、首都直下型地震など大都市災害では盲導犬使用者が同伴避難を希望する例が増加し、受け入れる自治体や一般の避難者の数も増加することから、盲導犬に対する正しい理解が得られない可能性がある。使用者にとって盲導犬の同伴避難受け入れは、災害時における一つの大きな不安要素であることから、事業所はリスクマネジメントの一環として同伴避難受け入れに関して自治体や一般市民に理解を求めるための普及・啓発等の対応が求められる。また、使用者に対しても避難所での生活(衛生・行動管理)について一定水準の教育を行い、受け入れ側にも過度な負担や不安を抱かせないような工夫が必要であると考える。
災害時に盲導犬同伴避難を可能にするには、平常時から盲導犬使用者の抱える問題に取り組むことが重要である。日常生活における盲導犬使用者の一般市民へのニーズを把握するため、神奈川県在住の盲導犬使用者5組6名を対象とし、面接による聞き取り調査を行った。
盲導犬使用者は一般の市民へ「盲導犬に対する理解」を求めている。盲導犬は視覚障害者の地域交流の円滑化や促進に貢献している。動物が介在していることから、一般の人々が興味を持ちやすく、障害理解の導入として効果的である。成人には訓練事業者のデモンストレーション等を含めた啓発の機会を利用することで、小児には学校教育等での教材として利用することで社会全体の視覚障害理解につながると考えられる。
また、盲導犬使用者4組、5名を対象とし、災害時の同伴避難に関する聞き取り調査を行った。対象者全員が盲導犬との同伴避難が必要だと感じながらも、受け入れ等に不安を抱えていた。災害時に自分が避難すべき避難所について知らないという使用者もおり、防災意識の低さや、視覚障害者への自治体の防災情報の広報方法の不備などが課題として挙げられた。同伴避難に関しては、使用者も盲導犬の衛生や行動管理に配慮をしながら、自治体、一般の市民へ日常的に「盲導犬への正しい理解」を求めていく必要があると感じていた。
足立区生物園で行われた「わんフェス」来場者を対象に、盲導犬に対する意識調査と避難所への同伴避難についてのアンケート調査を行った。回答者は111名、有効回答数111であった。今回の調査の年代別回答者は30代、40代が約6割を占め、女性が6割を占めた。多くの回答者が盲導犬の同伴避難受け入れに関して「特に気になることはない」と考えているが、中に「盲導犬の衛生面」や「動物アレルギー」を気にしている人も一定数いた。
盲導犬の避難所への同伴避難受け入れを進めるためには、自治体、訓練事業者、使用者、一般市民(一般避難者)に求められる役割がある。自治体は「盲導犬への正しい理解」をしたうえで、「避難所運営マニュアル等の整備」を進める必要がある。訓練事業者は、一部同伴避難の拒否は起こらないと想定している事業者もあるが、非常時に同伴避難拒否が起こらないという保証はなく、使用者は同伴避難受け入れについて不安を抱えているということからも、使用者のリスクマネジメントとして自治体への広報や使用者教育等を訓練事業者全体で行うべきである。盲導犬使用者は、日常的な社会参加を通して、できる限り多くの人に「盲導犬への理解」を求めると同時に、使用者としての義務である盲導犬の行動・衛生管理等を適切に果たすことが重要である。使用者からの一方的な主張は、同伴避難受け入れの阻害要因となる可能性がある。避難所という非日常的な場ということもあり、使用者も一般の避難者等への配慮が普段以上に求められる。一般市民(避難者)は、「盲導犬への正しい理解」と「視覚障害への理解」が求められる。盲導犬使用者が同伴避難を必要としている理由や、盲導犬は適切な管理のもとに日常的に社会参加をしている犬であり、周囲に迷惑をかけることはないということへの理解、及び視覚障害者にとっての避難所での移動等の困難さへの理解が必要である。
一般の人は盲導犬の性格や特性に関して、ほとんどがポジティブなイメージを持っている。盲導犬はおとなしく頭がいいというイメージは一般的に定着しており、これらはメディア等による普及啓発の効果である。しかし一方で、盲導犬に対する間違ったイメージも広まっている。盲導犬は使用者の指示に従ってその安全な歩行をサポートしている。盲導犬が使用者を目的地まで連れていっているわけではない。約9割の人が「盲導犬は目的地まで連れていってくれる」と考えていた。
本来、使用者は頭の中にメンタルマップを作ることで盲導犬との歩行を行っている。そのため、初めての場所などでは盲導犬がいても歩くことができない。そのような場合は、周囲の人に援助を依頼するのが一般的であるが、視覚障害の特性上、周囲に人がいることが分からないなど援助依頼にも困難が生じることがある。
一般の人が、使用者は盲導犬がいても援助が必要になることはあると正しく理解していることで、使用者はより安心してその行動範囲を広げることができる。盲導犬は「スーパードッグ」と言われ、何でもできるというイメージが広まっているが、実際に盲導犬ができることは3つ(段差、曲がり角、障害物を教える)であり、人による援助も必要となることがあるということを正しく普及啓発していくことが重要である。