2年生の病原体の科学の講義が始まりました。少し考えましたが、今年はもう一年、従来どおりサイズの小さい病原体から始めることにしました。来年は、地球上の生命進化から考えて、細菌、ウイルス、原虫、真菌、寄生虫そして、プリオンという順で話そうかと考えています。第1回と2回はプリオンとプリオン病です。病原体の科学としては最も難しい、不明な点の多い病原体です。しっかり勉強してください。
2016年4月、15回のデータの入力がやっと終わりました。プリオンから寄生虫までです。もう少し病原体側からの視点で分析してみたいと考えています。
プリオン病に関する研究では、2人の科学者がノーベル生理学医学賞を受賞しています。1人はガイジュセックで、パプアニューギニアの高地人(フォア族)にみられた神経疾患であるクールーが感染症であることを、チンパンジーへの感染実験で明らかにしました。また原因がなくなった人を食べるという習慣であることを示唆し、この疾病の統御に成功しました。2人目は、スローウイルス病といわれた海綿状脳症(脳がスポンジ状に変性する神経疾患)が、プリオンという遺伝子を持たない感染性のたんぱく質粒子によるという仮説を提示し、証拠を積み上げて世界に認めさせたプルシナー博士です。
プリオン病は異常化したプリオン蛋白質が脳に蓄積し、神経病変と神経機能障害を起こし、死に至る疾病です。動物にも人にも起こります。現在まで有効な予防法、治療法はなく、発症すれば100%死亡します。プリオン病は遺伝子の異常によっても起こりますし(家族性のプリオン病)、発症したヒトや動物の脳を接種することで伝播する感染症でもあります。
プリオン病の研究は、家畜である羊のスクレイピーから始まりました。
プリオン病の歴史を振り返ると以下のようになります。
①J.Cuille (キュイエ)のスクレイピーの伝達実験 (1936年)があります。トゥールーズ国立獣医学校の教授であったJ.CUILLÉとP.-L. CHELLEは、羊のスクレイピーが伝染性を持ち、2年間の長い潜伏期間を特徴とすることを明らかにした。具体的にはスクレイピーを発症した羊の脳を他のヒツジ、ヤギの脳に接種し、発病させることに成功し、感染性の疾患であることを証明した。しかし、この研究の反響はほとんどなく30年間忘れられていました。1966年のガジュセックのクール―のチンパンジーへの伝播実験により、再び脚光を浴びた。歴史的な観点からスローウイルス疾患概念の創造者として記録されています。
②1946年、William Gordonが不活化ワクチンでスクレイピーがヒツジに伝達すること、ホルマリンで不活化できないという特徴を証明した。ゴードンはヒツジ跳躍病(ルーピング・イル)を防御するワクチンを製造中、ウイルスをホルマリンで不活化した。ウイルスは不活化されたが、スクレイピーは不活化されず、ヒツジからヒツジに伝播したことを報告しています。
③1954年シガードソン(Bjoern Sigurdsson)が遅発性ウイルスを予想した。 「スローウイルス感染症」という命名は、1954年、アイスランドの獣医学者シガードソン(1913-1959)が、アイスランド羊のスクレイピーなどについて、潜伏期がきわめて長く、常に進行性、感染は1つの器官に限局するという病態に、この名称を提唱しました。
④1959年W.J.Hadlowが、スクレイピーとクールー(KURU)の海綿状態の類似性につき論文を発表した。アメリカの獣医病理学者Hadlowはクールーの顕微鏡写真を見た時、スクレイピーの病変との類似に唖然とした。彼はLancet誌に彼の考えを発表し、ガイジュセクにコピーを送った。スクレイピーの伝播が羊から羊に可能だったので、人の病気のクール―は霊長類(サル類)に伝播できることを示唆した。ガイジュセックはチンパンジーへの伝播を試みました。
⑤1966年、ガジュセックGajdusekにより、チンパンジーに、クールーを接種して発病した報告がなされ、遅発性ウイルス感染症であると提唱した。パプア・ニューギニアのフォア族に発生するクルー病がカルバニズム(食人風習)に起因することを突き止め、感染症であることをチンパンジーへの伝播で証明した。これらの功績により、1976年ノーベル生理学・医学賞を受賞した。
⑥1968年、C.J.Gibbsがクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)のチンパンジーへの伝達を報告。Gibbs CJ Jr, Gajdusek DC, Asher DM, Alpers, MP, Beck E, et al. 1968. Creutzfeldt-Jakob Disease (spongiform encephalopathy): transmissionto the chimpanzee. Science 161:388–89クロイツフェルト・ヤコブ病(海綿状脳症):チンパンジーへの伝達
⑦その後、脳の海綿状態を共通項として、一連の疾患の伝達が成功する。これらは、後にプリオン病としてまとめられ、遅発性ウイルス感染症から独立しました。
第2回はプリオン病の多様性について説明します。ヒト(遺伝性、孤発性、医原性など)、家畜(羊、ヤギ、牛)、野生動物(シカ)、飼育動物(ミンク)、伴侶動物(ネコ)、展示動物(グーズー、ニアラ、ピューマなど)等、いろいろな動物にプリオン病があります。一緒に勉強しましょう。
第3回からはウイルスです。今回はウイルス概論です。ウイルスから世界を見てみましょう。
到達目標:自己複製可能な最小の生命体であるウイルスについて、その構造、増殖様式、細菌との違いを理解し、説明できる。キーワード:ウイルスの大きさ、ウイルスから見た人、ウイルスの基本構造、ウイルスと他の生物の複製機構の違い、ウイルスに感染するウイルスと細菌に感染するウイルス、ウイルスから見た世界(世界はウイルスで満ちている?)
第4回は、ウイルスの2回目です。プリオンでは議論できなかったので、最初にゲノムの特性について講義します。そのあとで、最大のウイルス(メガウイルスやパンドラウイルス)、最小のウイルスの話をします。そして、人類が撲滅に成功した2つの感染症、天然痘と牛疫(どちらも有史以来、人類を悩ました人と家畜のウイルス感染症です)について説明します。
第5回はウイルスの戦略です。ウイルスによる破壊、共存、潜伏、進化などのいろいろな側面について紹介します。到達目標:ウイルスと宿主の関係の複雑さを理解する。致命的なウイルス感染症でウイルスはどのように生き残るのか?宿主と共存したウイルス、進化に役立ったウイルスなどの存在を知る。キーワード:人のウイルスの起源、ゲノムに潜むウイルス(レトロウイルス)、ウイルスをやめたウイルス、潜伏するウイルス(ヘルペスウイルス)、ウイルスの進化です。
第6回はウイルスの最後ですので、各種感染症と病原ウイルスのまとめをします。病原性と感染症の関係については3年生の人獣共通感染症で、別の視点からもう1回学修します。今回のテーマはウイルス各論で、各種感染症とウイルスです。到達目標:主な感染経路とウイルス感染の組み合わせから見て、ウイルスの分類を理解する。キーワード:呼吸器感染(空気感染、飛沫感染)ウイルス、消化器(経口)感染ウイルス、泌尿器(性器)感染ウイルス、接触(経皮)感染ウイルス、垂直感染ウイルス、ベクター(昆虫)媒介ウイルスです。
病原体の科学の第7回からは細菌になります。ウイルスのように細胞内でしか増殖しない細菌もありますが、多くは寒天培地などで純培養できます。自己複製に必要な酵素や基本的な細胞内小器官を持っています。地球上に最初に現れた生命体と考えられています。タイトルは地球と細菌の歴史です。到達目標:地球の誕生とその後の環境変化、地球の最初の生命体である細菌の変遷を理解し、説明できる。キーワード:ビッグバンと宇宙、地球の誕生と変遷、単細胞生物の世界(古細菌)、嫌気性菌群、好気性菌群、ミトコンドリアと葉緑体。
第8回は細菌学の基礎となる多様性と分類について紹介します。
到達目標:一般的な細菌の分類方法を理解する。また、細菌の分類方法が、その生物特性
からゲノム構造による分類に変化してきたことを理解する。キーワード:グラム染色
(グラム陽性、陰性)、好気性菌、嫌気性菌、形態(桿菌、球菌、その他)、
マイコプラズマ、リケッチア・クラミジア。細菌の進化については3年生の人獣共通感染症
でも学修します。
第9回は細菌の最終回です。3回で細菌学をすべて教えるのは困難です。生体防御、動物感染症、人獣共通感染症、動物危機管理学概論でもそれぞれ違った形で細菌とその感染症を紹介します。今回は細菌毒素についてです。到達目標:細菌の病原性と関係の深い、主要な毒素とその毒性について理解する。また毒素とトキソイド、抗毒素血清療法の歴史を理解し、説明できる。キーワード:破傷風毒素、ジフテリア毒素、ベロ毒素、ブドウ球菌毒素、LPS(脂質多糖体)、毒素遺伝子の転移。
第10回は真菌類です。真菌はミトコンドリアを持ち従属栄養生物で動物細胞に近い性質と細胞壁をもつ植物細胞に近い側面を持っています。真核生物の多細胞生物種が多いですが、酵母のような単細胞生物もいます。真菌類は1回の講義で終了ですが、種々の感染症の説明でまた習います。到達目標:細菌と真菌の違いを理解する。抗生物質と真菌の関係を理解し説明できる。キーワード:真菌とは?細菌との違い。真菌の生活環、抗生物質の歴史、ペニシリンとストレプトマイシン、免疫抑制剤と真菌、真菌の多様性。
第11回と12回は原虫です。生物学的分類には原生動物はいますが原虫という分類はありません。原虫は医学用語です。11回は原虫の概念と特性を12回は主な原虫病を学修します。 到達目標:原虫とは?単細胞動物の特徴について理解する。キーワード:単細胞生物と多細胞生物の違い、体細胞と生殖細胞及び原虫の性、原虫の寿命は?原虫の生活環、原虫の分類学、原虫の共生と寄生。
第12回は原虫による感染症です。原虫(病原性を有する原生動物)のいろいろを学びます。到達目標:重要な人や動物の原虫症と原因となる原虫の振る舞いを理解する。キーワード:血液原虫、筋肉に住む原虫、腸管の好きな原虫、脳に行く原虫、肝臓・腎臓で増える原虫、肺を好む原虫など・・・・・
第13回と14回は寄生虫です。プリオンから始まった病原体の科学も寄生虫で一応終わりです。一人で全分野を教えることは大変ですが、他方で沢山の発見があり、とても興味が持てました。13回は寄生虫概論です。主に寄生虫の生態学について学修します。 到達目標:寄生虫の特性とは?環境に適応する寄生虫、寄生虫の生活環、終宿主と中間宿主などについて理解する。キーワード:寄生虫の特徴と多様性、環境への適応・寄生するとは?寄生虫の生活環、中間宿主と終宿主、寄生虫の戦略と免疫系、寄生虫の役割?
15回は纏めですので、第14回は「病原体の科学」の事実上の最終回です。寄生虫感染症の話が続きます。カンブリア紀で高等多細胞生物が爆発的に進化・多様化しました。この感染症の最高宿主が出現するまで、寄生虫が最高宿主であり、やがて寄生虫が中間宿主に、最後の宿主が感染症の最高宿主になったと考えられます。14回は寄生虫各論です。 到達目標:寄生虫の分類、線虫・条虫・吸虫の特徴を理解し説明できる。キーワード:線虫、人と動物の主な線中症、条虫、人と動物の主な条虫症、吸虫、人と動物の主な吸虫症。
15回はこれまでのまとめとテストの問題検討です。
まとめのスライドをアップします。15回を振り返ってください。
振り返りです。