One World, One Healthについては、「ポストコロナの畜産経営」というキーワードで琉球大大学で10月24日、10月25日でZoomによる学会があり基調講演をしました。3つのテーマのうち、最初がOne World, One Health でした。30分で3つのテーマを紹介できるかどうか?Zoomで試しました。丁度時間通りできたので、分割版をYou Tubeに載せました。ここに掲載しておきます。
2020年10月24日Zoomでしたが、日本暖地畜産学会が琉球大学でありました。基調講演を頼まれました。ポストコロナ時代における畜産経営の課題〜One World, One Healthと畜産振興という題で依頼されました。その時の要旨とVODを作成したのでYou
Tubeにのせておきました。
1.One World, One Healthについて
https://www.youtube.com/watch?v=ImfvaRA_8dk&t=290s
2. 農産と先進国
https://www.youtube.com/watch?v=uItpjOrHiKY&t=80s
3.ポストコロナと畜産
平成28年度全国大会 研修会 特別講演
「マンハッタン原則「One World, One Health」(1つの世界、1つの健康)」
千葉科学大学 危機管理学部教授 吉川 泰弘
はじめに
今日は「マンハッタン原則」についてお話します。皆さん、もう、かなりご存じだと思うのですけれども、もう一回、講演をしてくれと頼まれました。私自身、マンハッタン原則については、少し誤解していた点もあり、今日は内容を修正しながらお話しします。
たしか、マンハッタン原則に関しては、一番最初の講演は獣医師会に依頼されました。岐阜で獣医師会の学術集会があった年に頼まれて講演したと記憶しています。そのときには、私もまだ余りこの内容については、正確に理解していませんでした。
その後、国際獣疫事務局(OIE)の野生動物疾病のワーキンググループの委員になりました。かれこれ10年近く委員を務めてくる中で、よく考えてみると、後で出てきますけれども、マンハッタン原則を指導したメンバーの何人かは、OIEの野生動物疾病ワーキンググループの委員たちだったというのがわかりました。彼らと付き合ううちに少しずつ、この原則の意味を理解してきたわけです。
One Worldとは?
「One World, One Health」というのがこのマンハッタン原則のキャッチフレーズですが、正直に言うと、「One Health」という言葉は割合と理解しやすい内容です。ヒトだけではなくて、人獣共通感染症(zoonosis,ズーノーシス)を考えたときに、ヒトと家畜と野生動物の健康は一つという形で考えるべきで、人間だけの健康を特化して考えても無理なのだというのはわかりやすいメッセージです。しかし、もう一つの「One World」という言葉が、実はすぐにピンと来なくて困ります。よくよく読んでみると、「正常な空気、水、土壌などというものは、我々も含めて地球上の生命体みんなが作り出し、共有している、一つの世界に生きているんだ」という壮大な哲学を語っていたということがだんだんわかってきました。これが解ったのが最近で、その辺の事情もお話ししようかと思っております。
人獣共通感染症という造語
最初に人獣共通感染症と「マンハッタン原則」ということで話させていただきます。
NHKのラジオ講座で話したのですけれども、「伝染病予防法」ができて100年間、伝染病というのはヒトからヒトに来る感染症であると定義されてきました。同じころに、「獣類伝染病規則」でしたか、今の「家畜伝染病予防法」にあたるものができて、獣医の責務が書かれています。これは、家畜から家畜にうつる感染症のコントロールです。牛疫から始まって対象が拡大されていきました。そして、100年ぶりに感染症法をつくったときに、初めて動物からヒトに来る感染症をヒトの感染症法のほうに入れるということになりました。現在では、1類から4類まで、かなりの数の動物由来感染症が感染症法の対象となっています。
そのもとになったズーノーシス、人獣共通感染症という言葉は、ルドルフ・ウイルヒョウがつくったということになっています。細胞病理学の元祖といわれる人です。僕は獣医の病理学の教室出身なので、緒方、三田村と並んでルドルフ・ウイルヒョウの話を教授から何回か聞いた覚えがあります。その病理学者(ウイルヒョウ)が動物由来感染症、ズーノーシスという、「ズー」動物と「ノーソス」病気という言葉を組み合わせて、新しい造語として人獣共通感染症を命名しました。当然、獣医学と医学が連携しないと、この問題は解けないという提案をして、積極的に活動しました。彼は病理学者であったけれども、公衆衛生の分野も幅広く、最後は政治家としても公衆衛生に努めるという、物すごい、やや巨人的なところがあり、この分野の草分けになったわけです。
人獣共通感染症の国際定義
その後100年近くたって、1959年に人獣共通感染症が定義されます。国連の世界保健機関(WHO)と食糧農業機関(FAO)の専門家会議で、当時、130種類ぐらい例が挙げられたわけですけれども、定義されました。その定義は「脊椎動物からヒトに感染する感染症及び脊椎動物とヒトの間で感染を起こす感染症」ということでした。最近は節足動物媒介のもの、マラリア等も入れられていますけれども、現在では800種類近くになっています。こういう定義で振り返ってみると、20世紀後半に出てきた新興感染症のほぼ3分の2は人獣共通感染症というふうに考えられます。そういう意味では、物事を定義して、そのクライテリアというか、カテゴリーにはまるものをもう一回、選び出すというのは、大変大事なことかと思います。
新興再興感染症の定義
その後、WHOが出した定義が「新興・再興感染症」で、「新しく認識された感染症で局地的あるいは国際的に公衆衛生上問題のある感染症をエマージング・ディジーズ(新興感染症)」というふうに定義しました。これが1997年ですから、人獣共通感染症の定義から考えると、もう40年ぐらいたっています。この定義で過去20年間に30種類くらいの新しい感染症が出現したということになります。この新興感染症のうち4分の3ぐらいが人獣共通感染症です。
ほかに再興感染症、「以前から存在していたけれども、急激に爆発的に流行を起こし、公衆衛生問題となる」感染症があります。例えばデング熱、デング出血熱がその例です。いろいろな途上国での都市化とか人口の集中、あるいはインフラを伴わない形での人口集積というような形ができると、森の中でサル類と蚊の間で回っていた感染症が突然、都会で爆発的な流行を起こすことになります。このような感染症を再興感染症、リ・エマージング・ディジーズというように定義されました。
感染症の数は?どのくらいあるのか?
実際、人獣共通感染症にどんなものがあるのだろうかということですけれども、これは2001年、英国のテイラーらが発表しました。それまでに出た論文を網羅的に分析をして、ヒトの感染症の病原体リストを全部探って1,400種類くらいが挙げられました。そのうち人獣共通感染症の病原体が868種類(61%)、新興感染症が175種類というように報告されています。その後、SARSやMERS、H1N1パンデミックインフルエンザなど、既に幾つも新興感染症としての人獣共通感染症が出てきているので、例数は増えつつあります。
病源体別の特徴で見てみると、感染症の病原体としては断然、細菌感染症がヒトの感染症として多いわけです。けれども、人獣共通感染症として見ると、意外と寄生虫が動物とヒトの間では非常に行き来しやすいという特徴を示しています。新興感染症で見ると、やはりウイルスが多いということです。しかし、ウイルスや寄生虫が比較的動物由来であるのに対し、細菌は約半分、真菌は1/3くらいしか動物からヒトには来ません。なぜでしょうか?
One Medicineとは?
1960年代にカルビン・シュワーベ先生、カリフォルニア大学の獣医疫学の元祖ですけれども、彼が興味ある定義をしています。「ワン・メディシン」と彼は唱えたのですけれども、人獣共通感染症が医学と獣医学が連携して動くという戦略なのに対して、ヒトも動物も同じで、ヒトといっても動物の一種なのだから、医学、獣医学といわずメディシンは一つであるというかなり過激な定義をして運動を引っ張っていきました。特に、彼の専門である家畜の群れを扱う獣医疫学とヒトのポピュレーションの動向を探る公衆衛生学は、共通の基盤に立っているし、ツールもゴールも同じであるという発想です。(「One Medicine」については、このホームページの「One Medicine」の項に詳しく書いてあります。)
21世紀になって2004年に、今日説明する「マンハッタン原則」という、「One World, One Health」という概念が出てきます。これについては後で説明します。それを受けてワン・メディシンや、「One World, One Health, One Medicine」という、一時、キャッチフレーズがあったのですけれども、長過ぎるということで、結局、医学と獣医学の連携に関してはワン・ヘルスあるいはワン・ヘルス・イニシアチブという形になりました。対象として高病原性鳥インフルエンザをモデルに国際システムをつくってきたというようなことが大きな動きです。
マンハッタン原則の経緯
実際に「マンハッタン原則」の経過を説明したいと思います。ロックフェラー大学のキャスパリー・オーディトリアムで2004年、会議が持たれました。野生動物保護協会が組織してロックフェラー大学が主催したものですけれども、後で出てきますように、いろいろな国際的機関の専門家が集まって検討しました。そのとき、例としてエボラ出血熱、鳥インフルエンザ、あるいはプリオン病ですね、シカの慢性消耗性疾患(ウェスティング・デジーズ)、これらをケース・スタディーにして、21世紀の地球の生命体の健康に対する脅威をどういうふうにコントロールしていくかという話し合いをしました。
その結果として出されたのが、この「One World, One Health」という形、あるいは「マンハッタン原則」と名前がついていますけれども、実際には12のアクションプランです。割合簡潔に12個、こうしていくべきではないかということを国際機関に対して、あるいは各国の政府に対して勧告をしたということです。
主な参加団体は、WHO、それから、どちらも国連ですけれどもFAO、それからアメリカの米国疾病管理予防センター(CDC)ですね、アトランタにあります。それから、ウィスコンシンにある米国地質研究所(USGS)国立野生動物健康センター、米農務省のUSDA、カナダの共同野生動物健康センター、ここはテッド・ライトン博士が率いています。それから、コンゴ共和国ブラザビル、デ・サンテ・パブリック国立研究所、あと国際自然保護連合環境法委員会、野生動物保護協会などです。ほかにもかなり参加していますけれども、ここら辺が主なメンバーです。
マンハッタン原則の構成
「マンハッタン原則」は、前文と12のアクションプランと結びの言葉という割合コンパクトなものから成っています。前文の基本認識は、西ナイル熱、エボラ出血熱、SARS(重症急性呼吸器症候群)、サル痘(モンキーポックス)、牛海綿状脳症(BSE)、高病原性鳥インフルエンザ、こういう流行がヒトと動物の健康が密接に関連しているということを容易に想起させるわけですけれども、ヒト、家畜、野生動物の健康を「One Health」として追求するアプローチが必要であるというのが第1点です。
第2点目が種の絶滅、生息域の劣化・汚染、エイリアン・スピーシスと呼んでいますけれども外来種の侵入、地球温暖化等は、地球の原生自然を根本から変えつつあるという指摘です。特に、新興・再興感染症は、ヒトだけではなくて、世界の基底を支える生物多様性においても脅威になるのだということが「One World」という言葉で書かれていますけれども、後のほうを読んでみると、もっとかなり深い意味を持っているという気がします。
21世紀に感染症を克服するには、より広範な環境の保全、疾病予防、その他、いろいろな分野を超えたアプローチが必要であるというのが前置きで、12個の行動計画が書かれています。
アクションプラン(行動計画)
アクションプランの内容を見てみましょう。1番目が、繰り返しになりますけれども、ヒトと家畜、野生動物の健康はリンクしているということを、まず認識する必要があるということです。脅威となる疾病が食料供給、経済、その他、健全な環境を維持するための生物多様性と生態系機能にリンクしているということを認識するということです。前半はわかるのですけれども後半は意外と、字面を追ってみても、ちょっとわかりにくい気がするところです。
2番目は、さらに難しくなって、土地と水の使用法の決定が健康維持に深く関連することを認識すること。この認識に失敗すると生態系の弾力性は失われて、その結果として感染症を含めた疾病の出現・拡散が起こるということが書かれています。この辺が本当は、多分「One World」ということの根底なのだと思うのですけれども、なかなか具体的に、それを想像するのが意外と難しい書き方になっているような気がします。
3番目からは元へ戻って、野生動物の健康科学が必要であると記載されています。ここもちょっとわかりにくい表現があります、ヒトの衛生プログラムが環境保護活動に非常に貢献し得ることを認識する必要があるということです。これも、じっくり考えてみると、半分納得できて、具体的な例としてはどういうことなのだろうということが、ちょっと難しいところがあります。
それから、新興・再興感染症の予防、監視、モニタリング、規制強化と緩和、これについては前向きに総合的に取り組む必要があるということです。
次いで、感染症の脅威、アウトブレイク(発生)してしまった時のクライシス管理(危機管理)の問題です。ヒトの要望、家畜の健康を守るために、例えば、ある種の野生動物をそのエリアで、場合によったらスタンビングアウト(全群淘汰)しなければならないとかという状態であっても、生物多様性や保全に十分に配慮するための機会を持たなければいけないという点です。近視眼的にヒト、家畜という側面の立場だけでない、もう少し野生動物等の向こう側に立ったものの考え方もしなさいということだと思います。
それから、先ほどの講演でジビエの問題が出ましたけれども、特に、国際的にはジビエよりもブッシュミートが問題になります。野生動物あるいは野生動物由来の肉類の国際貿易量は減らさないと、いろいろな感染症を国際的に広げる問題になる。あるいは公衆衛生、農業、野生動物保全全体についても問題なので、かなり真剣に考えなくてはいけないということです。この前の西アフリカのエボラ出血熱の流行でも、本当に原因そのものは直接わからないのですけれども、推測されるところ、オオコウモリの肉を食べたとか、そういううわさも高いことがあって、これは国際的に問題を解決していかなくてはならないという提案です。
また、先ほどとも関連しますけれども、野生動物の大量処分を行う場合も制限がある。特に、野生動物が絶滅の危機に瀕しているという場合には、当該感染症が公衆衛生、食料供給、野生動物保全で脅威になるという点があったとしても、学際的・国際的な科学的同意を必要とするという注意です。
あとは、新興・再興感染症について、動物健康維持のためのインフラへの投資を増加する、それから国際的な監視体制をつくることです。これは、特に鳥のインフルエンザについては、国際間のアラームシステムを含めて、体制ができつつあります。ここに書かれているのは、もっと、そういうアラームシステム、監視システムだけではなくて、いろいろな研究機関あるいは民間企業を含めて協働して動けということです。
それから、あとは、国際的な、政治的なマターに近くなりますけれども、政府、地域住民、私的・公的部門が生物多様性の保全に立ち向かうための協力体制をつくれとか、先ほどの早期警戒態勢を確立するために国際的な監視ネットワークをつくれと提言されています。
12番目は、教育、啓蒙、そして、マンハッタン原則作成のときには世界銀行もメンバーに入っていたと思うのですけれども、各国の政策決定に影響するような投資も行えというようなことが書かれています。
マンハッタン原則の結語
最後に結語があるのですけれども、これもかなり厳しい現実のまとめになっています。グローバル化した世界では、どの学問分野、社会分野も単独で新興・再興感染症の出現を防止するための十分な知識と資源は持っていない。単独では勝てないということを最初に言っています。同時に、どの国もヒトと動物の健康を阻害する自然生息域の消失や希少種などの絶滅を促進する方向にある今の生き方をゼロにして、元に戻すということは、もうかなり難しいところに来ているという認識を持てと述べています。
では、どうするかということですけれども、家畜、野生動物、ヒトの健康、あるいは生態系の統合という問題に取り組むには、分野を超えて機関を超えて取り組むという協調性が必要だといっています。インターディシプリナリー(分野の間)と言っていますけれども、分野あるいは壁を超えて協力することが必要であることを強調しています。一つの世界、一つの健康という状況に生きているという考えに基づいて、今日の脅威とあしたの問題解決は、昨日までのやってきた従来のアプローチでは無理なのだと認識すること。そして、新しいアプローチとは何だということになりますと、「課題に答えるのは適応性のある前を見詰めた学際的な解決法を考案する」必要があるというのが、12のアクションプランと「マンハッタン原則」の根底にあるものの考え方です。
原則への国際的な対応
これを受けて、実際に国際的な対応がとられ始めたわけです。特に中心的な役割の一つを担ったのが、国際獣疫事務局(OIE)ですね、パリに本部があります。事務局長は今年の1月にかわりましたけれども、それまで2期、バーナード・バラが事務局長をやっていました。彼の、ある意味では後半の最後の仕事になってきた格好で国際対応が進みました。FAOとOIEとWHOが合体して仕事を進めるということで、最終責任はOIEがとる形で野生動物疾病の新しい届け出制度をつくりました。目的としては、ヒトの公衆衛生の立場で人獣共通感染症を統御するというので、これは当然、ヒトがWHOと動物あるいは家畜側のOIEというものがコラボレートする格好になります。
それから、食の安全保障(安定供給)と食の安全のための家畜感染症統御ということで、FAO、ローマに本部がありますけれども、FAOとOIEがコラボレートすることになりました。それから、生物多様性とエコシステムのための野生動物疾病統御ということで、OIEと国連のUNEP(エンバイロンメント・プログラム)のコラボレーションという、こういう国際機関の協力で一緒に動こうということになってきました。
OIEには、既に家畜のための感染症統御システムができています。ご存じだと思うのですけれども、家畜の国際あるいは越境感染症(トランスバウンダリー・ディジーズ)と言われていますけれども、国際的な統御の必要な感染症にリストA、Bというプライオリティーがつけられています。家畜・家禽からミツバチ、魚介類(アクアティック・アニマル)の規範(コード)があります。これに野生動物疾病と人獣共通感染症を加えようという考えです。
各国の義務と受益
基本的には、各国の主席獣医官(チーフ・ベテリナリー・オフィサー)がOIEに、その国でその年に発生した感染症情報を提供するわけです。年1回、前期・後期2期に分けて起こった流行病の報告をします。リストA、Bの感染症が起これば直ちに、そして、ここに新規に加えられた報告の必要な感染症(野生動物感染症、人獣共通感染症)が起こった場合、その出現、規模、診断法、終息した場合は、その終息過程を報告するということです。それをまとめているのがワヒース(WAHIS:世界動物健康情報体制)というデータベースです。野生動物はワヒース・ワイルド(WAHIS-Wild)という形ですけれども、これは誰でも、いつでもデータを見れるようになっています。例えば、ニューキャッスル病で呼び出せば、2004年から2009年、期間も自分でどうとでも調整できますけれども、どこの国で、どのぐらいの頻度で、どのぐらいの規模で病気が起こったかということがわかるようになっています。
新しい感染症リスト
既存のA、B感染症のリスト、A、Bはオブリガトリー(義務規定)なので、発生したらOIE参加国(178か国)は、直ちに届け出なければいけないのですけれども、これに加えて、人獣共通感染症(赤色で表示)と野生動物感染症(緑色で表示)のリストができました。これらの感染症はオブリガトリーではなくてボランタリー(任意届出)というか、届け出なければいけないというレベルではないですね。届け出ることを勧めるレベルです。ただ、実際には既に家畜の感染症リストに入っている中で人獣共通感染症のものがあります。例えばエキノコックス(多包条虫)だとかQ熱とか、ヒトの結核ですね、これらが入っています。
あと、新しく、ここに野生動物の感染症として、両生類のカエルツボカビとか、イリドウイルスに属するカエルのラナウイルス感染症(カエル以外の両生類のラナウイルス感染症を含む)のようなものが入ってきております。また、ここで非感染症(ノン・インフェクシャス・ディジーズ)であっても、感染症と見分けがつかなくて野生動物の大量死が起こる場合があります。この場合は、後でどうなるかわからないので、この場合も届け出るということになっています。ボツリヌス中毒とか、真菌毒などいろいろな中毒も大量死が起きたときは、届け出対象になっています。
情報の公開
これが届け出られると、どういうデータとして公開されているかということを簡単に説明します。各国の報告に基づく野生動物疾病の国際分布、それから継続的な流行の変化をフォローするというので、先ほど言ったように年2回のデータについて各国から報告を受けます。信頼性の確保のために、主席獣医官が責任を持って報告をする必要があります。
公開される情報はワヒースの下のワヒース・ワイルドというカテゴリーに入っていて、各国の野生動物疾病の発生状況、日本なら日本で、どんな野生動物の病気が出ていたか。それから、個々の疾病の国別表示です。例えば、高病原性の鳥インフルエンザが日本、韓国、中国、インドネシア、あるいは欧州、アフリカ、アメリカ大陸等どこら辺でどのくらい出ているか。さらに、野生動物における疾病です。例えば、コウモリで狂犬病、あるいはリッサウイルス感染症、ヘンドラウイルス感染症、ニパウイルス感染症が、どんなふうに出ているかとか、疾病別の野生動物のデータ、例えば口蹄疫(FMD)がイノシシとかシカでどのように流行しているかというような形で、どういう形でも引けるようになっています。
データベースへのアクセス例、これは資料になっていたのでしたっけ、出ていますか。まずOIEのホームページを開いて、上段トップから、クリックして、こういう順番で入っていってください。ワヒッド(WAHID)のデータベースにアクセスして、さらにワヒース・ワイルドに入っていって条件を決めれば、それぞれのデータが誰でも、いつでも入手できるようになっています。
OIEの野生動物フォーカルポイント
OIEが野生動物疾病データベース化のほかに、国際的にマンハッタン原則の活動を広げていこうというので最初に持たれたのが、2011年のパリで行われた第1回の国際野生動物カンファレンスです。世界中から研究者を集めて、様々な分野で討議があり、勧告の作成がなされました。
それから、もう一つ、OIEの参加国に、各国一つの野生動物のフォーカルポイント(拠点)を作りました。多分、厚生省関係の獣医さんは知らない方が多いかもしれませんけれども、OIEが参加国に各国1カ所ずつ拠点を置くことにしました。1国1機関ですけれどもフォーカルポイントの属性は、脊椎動物に関する知識、基礎生物学的理解の能力を持つ、これは当たり前ですけれども、さらに一般的な野生動物疾病の知識を持っていること。それから、野生動物疾病、人獣共通感染症、公共獣医事に関連する人、機関、省庁及び当局とコミュニケートできる能力を有していて、ネットワーク作成の技術を持つということです。
期待される義務を果たすために十分な予算づけが必要と書かれていますが、日本は、フォーカルポイントとして指定されたのは、つくばの環境研究所です。フォーカルポイントとして、どのぐらいの金がこれでついたのか、ちょっとわかりません。当該国の代表者、主席獣医官により、その業務が支援されていることということも書かれています。しかし、現状では環境研のほうに野生動物疾病の出すべきデータがちゃんと流れていっているかどうかという点では、日本の場合、まだ悲観的なところがあります。しかし、国際的にはそういう形になっていて、アジアのフォーカルポイントの責任者を集めて何回か、2年に1回くらいずつワークショップをしたりシンポジウムをして統合しているというのが実情です。
野生動物コラボレーションセンター
OIEがその他にやったことが、野生動物コラボレーションセンターの設置です。これは、現在、3カ所あります。アフリカとアメリカとカナダにコラボレーションセンターをつくりました。最初のコラボレーションセンターは、カナダの共同野生動物健康センターです。組織としては、それほど大きくありません、サスカチュワン大学の大学のキャンパスの中に位置しています。ザ・カナディアン・コーポレーティブ・ワイルドライフ・ヘルスセンター(CCWHC)として、実際には政府予算で、主要な野生動物疾病のサーベランスプログラムを運営しています。カナダの各獣医大学、それから各地域の機関を全部傘下に置いて、情報を集めてデータベース化してカナダの国内に流すというようなことをやっています。所長のテッド・ライトン博士が「マンハッタン原則」の素案に参加していました。
それから、その後、アフリカのセンターと、最近OIEの新しい野生動物コラボレーションセンターになったのが、ウィスコンシン州のマディソンにある米国国立野生動物健康センター(USGSの中のNWHC)というところです。これはかなり大規模な組織です。2012年から、もう4年たちますね、コラボレーションセンターになったのですけれども。総勢、研究員が70名ぐらいいます。大学院生とかレジデントを含むと100人を優に超す研究者がいて、非常に活発に野生動物の疾病サーベランスをしているとともに研修、教育等、同時にいろいろなことをしています。大学院生もかなりとっていて、たしか日本からも環境研に行った根上さんは、ここで大学院を終えていたような気がします。USGSのメンバーも、前述の「マンハッタン原則」の素案に参加したところです。
日本の活動:医獣連携
2012年に世界医師会と世界の獣医学協会、これが「One World, One Health」に基づいて協力関係をつくるという覚書を締結します。日本は、「One Health」ということで、その次の年(2013年)、獣医師会長が蔵内さんになってからだと思うのですが、日本医師会と日本獣医師会が学術協力の提携を結びました。これは昨年(2015年)になりますか、マドリードのOne World, One Health国際会議に日本の医師・獣医師会の両会長さんが出席しました。また2016年には福岡でOne Healthの国際会議を開きます。このスライドは、前述したマドリードの世界獣医師会と医師会の国際会議に両会長さんが参加したときの写真で、掲載されている獣医師会報を見ても、かなり積極的に両医学系統が連携して動き始めているというのが現状です。
ヒトの感染症の起源
マンハッタン原則の概要と国際的な対応の説明が一応終わりましたので、少し見方を変えて、ヒトの感染症等について考えてみたいと思います。
最初にヒトの感染症の起源と新興・再興感染症というものを考えてみたいと思います。かなり時間を前に戻して、人類の遠い祖先がアフリカ大陸で、約1,000万年前に生活していたころから考えたいと思います。アフリカの大地溝帯が隆起して、熱帯雨林の東側が乾燥してサバンナになりました。ヒトとチンパンジーが分かれたのは500~700万年前ですから、まだ、それよりずっと前、そこでは両方の祖先であった霊長類がサバンナに進出して、他の野生動物と接触することになりました。ここで、野生動物由来の寄生虫とか、幾つかの感染症をもらいますけれども、この時期、非常に小規模な生活集団ですから、急性感染症がずっと流行するなどどいうことは無理で、病原体が宿主の中で長期間生存できるもの、あるいは霊長類以外に宿主を持っていて、霊長類を巻き込むものというものが、多分、初期の人類の祖先の感染症であったでしょう。例とすればハンセン病とか結核みたいなもの、あるいは寄生虫でいえばマラリア原虫とか住血吸虫のようなものが、動物から我々の祖先に入ってきただろうと思われます。
これは熊本県の宇土にある三和の研究所(現在は京都大学霊長類研究所に所属)のチンパンジーコロニーの個体です。多分、この子が2、3歳のときにB型肝炎の研究で日本に輸入されてきたのですけれども、そのときに既にハンセン病に感染していたのだろうと思います。その後、20年近くたって突然発症しました。ライ菌が体内にずっと潜んでいたのだと思われます。診断は間違いなくハンセン病でした。人の結核でも老齢期に再発することがあります。そういう意味では、多分、人類の分かれる前から、この種の感染症が、マラリアもそうですけれども、ヒトの祖先を巻き込んでいたと思われます。
一気に時間を下って150~200万年前の旧人時代に、火を使うようになります。これによって感染症のリスクは、やや減少したと思われます。また旧人・新人の先史人類は、基本的には狩猟採集社会で移動生活です。定住しないで、住み家を変えるというのは、糞口感染(宿主が排出した病原体の経口感染)、土壌を介した経口感染というのは意外と少ないものです。実際に化石の糞(糞石)を調べてみても、意外と寄生虫感染症は多くありません。ヒトの寄生虫が定着するのは、まだ、これより後です。この時期は、主に土壌菌が家畜に来て、その後でヒトに来るという疾病、炭疽とかポツリヌス菌感染とか破傷風など、それが多分、この時代のヒトの祖先の感染症と思われます。
人類の感染症爆発
大きく人獣共通感染症が変わったのは、今の直接の我々の祖先が最後にアフリカから5~6万年前に飛び出した後の、ほぼ1万年前ぐらいです。この頃には、農耕が盛んになって、人類は土地に定着し、人口も一気にふえ始めます。これは感染症拡大の基本のアールノート(基本再生産数:R0)の増大を意味します。病原体の伝搬力が同じでも、人口が多くなると子どもから老人までそろってきますので、免疫力の弱いヒトがいれば、病原体を排出する期間が著しく長くなり、また感受性を持ったナイーブな人口が増加します。感染症リスクの最大の問題はポピュレーションが増加するということで、これが上がると一気に同じ感染症でも基礎再生産率(R0)が上がっていきます。
農耕時代の感染症爆発の第1のトリガーが人口増加、第2のトリガーが野生動物の家畜化です。確かに、家畜は、糞も使えるし力もあるし、食物が余れば、それを餌として与えられます。また、飢饉のときは殺して食べるという非常に便利な存在ですけれども、この時期に、かなり動物由来の病原体がヒトのほうに入ってヒトの中に定着していきます。それから、穀物生産が多くなって、齧歯類がふえて、齧歯類から、あるいは、齧歯類に寄生するノミとかダニを介して節足動物媒介で人間社会に沢山の病原体が来て、人の病原体になっていくことになります。天然痘も麻疹もインフルエンザも百日咳も、もとをたどれば、今は人の感染症ですけれども動物の感染症であるということです。
振返って考えてみると、ヒトがヒトとして存在するのは、地球上の生命史40億年のうちの最後の500万年です。24時間時計でいくと二、三分のことなのです。ヒトの感染症というのは、その前にある様々な生物の感染症のうちの幾つかの病原体がヒトに来て、ヒトの社会に定着してヒトの感染症になっていくということです。ヒトの感染症は、動物で止まっているステージ1からステージ5まであります。動物から来て個人で終わる狂犬病(ステージ2)から、野生動物に由来しヒトである程度の規模の流行を起こすエボラ出血熱(ステージ3)、森の中でサルと蚊で循環していた病原体が都市に定着しヒト―ヒト感染を起こすデング熱(ステージ4)、ヒトの社会に完全に定着したエイズ(ステージ5)まであります。
動物に由来する感染症
古い話をしましたけれども、しかし、実際には、動物からヒトに来てヒトの感染症として定着しているのは今も続いているわけで、最も最近に起こったのがエイズです。20世紀、ヒトのウイルスとして進化したもので、ウイルス遺伝子や疫学解析の結果、わかったのは、HIV-1はもともとチンパンジーの免疫不全ウイルス。HI-2がスーティーマンガベイのウイルスで、恐らく、いろいろな説がありましたけれども、ブッシュミート、その他でヒトに入ってきただろうということです。
次に人類社会に定着する病原体は何かというのはわからないのですけれども、恐れられているのがモンキーポックス(サル痘)です。臨床症状は天然痘に非常に類似していますが、死亡率は天然痘に比べて低いポックスウイルスです。天然痘の撲滅以降、徐々に、流行が盛んになってきています。特に、2005年から760例の症例報告があり、それまでの20倍くらいの発生率です。今はヒト、ヒトに7代ぐらいまで伝播していくという能力を発揮しています。第二の天然痘になるという可能性もあり、警戒されています。このように動物からヒトに来てヒトに定着していく感染症というのは現在も進行形であるということです。
前置きが長くなりましたが、一応、動物由来の感染症について簡単に説明をしておきたいと思います。先ほどテイラーのところで言ったように、ヒトの感染症の病原体の約6割が人獣共通感染症の病原体で、新興感染症の75%、4分の3が人獣共通感染症です。人獣共通感染症の病原体の8割がバイオテロに利用される可能性があるというふうに言われています。
実際に、ここ半世紀を見ると、1960年代のラッサ熱、マールブルグ病から始まって、エボラ出血熱、エイズ、ライム病、E型肝炎、ヘンドラウイルス感染症、ニパウイルス感染症からコウモリリッサウイルス感染症、HPS(ハンタウイルス肺症候群)、高病原性鳥インフルエンザ、BSE(牛海綿状脳症)によるvCJD(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)、2000年に入ってSARS、MERS、パンデミックインフルエンザH1N1、あるいは中国などで流行している高病原性鳥インフルエンザH5N1、あるいは低病原性鳥インフルエンザH7N9、SFTS(重症熱性血小板減少症候群)、ジカ熱など、こういった感染症は、ほとんど全てが動物由来の感染症ということになります。
新興感染症増加の原因
動物由来感染症が、何でここに来て、こんなにふえているのでしょうか?一般的に言われている、一つの原因は明らかに途上国の熱帯あるいは熱帯雨林開発で、未知の野生動物が持っている病原体と接触するということです。また、熱帯雨林を開発し、生産性が上がって、齧歯類が穀物を狙ってふえてくると、南米出血熱ウイルス、ラッサ熱ウイルス、そういった出血熱系統のウイルスが拡散します。途上国でさらに発展して急激な都市化と人口集中が起こり、しかもインフラが伴わないと、節足動物、特に蚊ですね、森林でサルと蚊で循環していたものが、都市でヒトからヒトに爆発的な流行を起こすことになります。黄熱とかデング熱、デング出血熱、チクングニア熱、ジカ熱といったものがあります。また、貿易あるいはヒトと動物の輸送が非常に短時間ということで、輸入感染症として途上国から潜伏期間中に先進国に飛び込むというようなことが起こっています。
これは長崎大学の山本先生の著書から許可をいただいて示した図です。ヒトの感染症の起源の歴史の中で、1万年前に農耕が始まったとき、一気に感染症が拡大したという因果図です。農耕の開始が行われて野生動物を家畜化をする中で、定住化が起こり、食糧増産と人口増加が加速し、齧歯類と家畜からヒトへの感染症が広がったと考えられる図です。それを20世紀後半の新興感染症と合わせてみると、基盤に熱帯雨林の開発があって、野生動物との接触、森の翼手目、齧歯目あるいは霊長目などとの接触で、新規病原体に触れる。熱帯雨林を開発して食糧増産したところで、齧歯類が繁殖し、ウイルス出血熱が侵入する。さらに発展してインフラのない都市化が起こると、森の感染症がヒトからヒトへの感染症に転化する。こうした事態が起こって新興感染症の発生が増加すると考えられます。両方の図を比較して見ると、1万年前に人類が悩んだことと20世紀後半に我々が悩んでいることは、驚くほど類似したパターンになっているのではないかという気がします。
ただ、原因は途上国だけではない、先進国も新しい感染症を結構つくっています。一つはエイリアンアニマル(外来侵入動物)という、野生動物のペット化です。それから、ライフスタイルが変わって、悪いことではないのですけれども、森林浴を含めてアウトドア生活をするという中で、野生動物との接触でいろいろな病原体が入ってきます。また、家畜の経済効率のための大量飼育によって、あるいは経済効率を求めてタンパク源の再利用というような形で、新しい感染症が出てきます。さらに、野生動物から家畜を介して病原体が伝播してくるというような、いろいろなシナリオで先進国自身もリスクを負っています。
そうした中で、家畜感染症の新しいリスクを考えると、一つは、地球温暖化というヨーロッパがかなり悩んでいる事態があります。日本もいずれ温暖化によってベクター(媒介昆虫)が北上し、生息域が拡大して、処女地帯に、あるいは、かなりの期間、当該感染症が抑えられていたところに、病原体が運ばれてきて大流行を始めるというリスクです。ブルータングとかアフリカ豚コレラとか、アフリカ大陸からの感染症の侵入でヨーロッパはかなり悩んでいます。それから、家畜、畜産品の貿易拡大による病原体の移動。馬のニパウイルス感染、豚のヘンドラウイルス感染、BSE由来のvCJD(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)、高病原性鳥インフルエンザもそうです、が、家畜は野生動物に比べて非常に人との接触も高いし食用に利用されるというリスクがあります。工場型の大型飼育では、先ほどアールノート(R0:基本再生産率)の話をしましたけれども、大規模化した中の群れに一回病原体が飛び込むと爆発的な流行になって、容易に近接する個体に伝播していく中で、順化して病原性が高くなるというような問題があります。これまでの様式とはかなり違うリスクを持ち始めているとを認識する必要があります。
同じことは野生動物についても言えるわけで、やはりベクター北上での問題。それから、野生動物の場合は環境汚染物質、特に難分解性のものは地球の海洋汚染により拡散します。PCB(ポリ塩化ビフェニール)、ダイオキシンとか放射性物質がこの例です。また難分解性の化学物質には、変異原性を持つものがあって、これが土壌や水系汚染をすると微生物の遺伝子の変異頻度を上げる恐れがあります。野生動物は食物連鎖の頂点にいるのことが多いので、生物濃縮を受けて体内に高濃度の化学物質の蓄積が起こり、結果として宿主のホメオスタシスとか免疫機能が攪乱した結果、本来共存していた微生物が突然暴れ出して、宿主を殺し始めるというような問題が起こります。そういう点から、感染症の制圧あるいはリスク回避に、従来のエンドポイントというか、下流のヒトや家畜からアプローチするのではなく、新しい発想の上流からの総合的なアプローチが必要だというのは「One World, One Health」でも言っていましたけれども、そういう考えが必要だろうと思います。
病原体:見えない生き物
「One World」の解釈に入る前に、もう少し、別の面から考えてみたいと思います。1999年に感染症法をつくってから、私はずっと動物由来感染症(厚生労働省は人獣共通感染症という言葉でなく動物由来感染症という言葉を使うので、感染症法関連では、同じ意味ですが動物由来感染症にします)に取り組んできました。動物由来感染症の紹介で最初にやったことは、獣医の学生に教える時と同様に、教科書のように、あるいは辞書のように、あいうえお順に書いたり、病原体の小さいほうから順に並べる(ウイルス、細菌、原虫、真菌、寄生虫感染症)というふうにしました。しかし、このように教えても、人獣共通感染症の特徴は、決して解らないだろうと考えるようになりました。自然界では、これらの感染症は、すべて動物から来る疾病なので、動物別にやるのが一番分かりやすいと考えました。コウモリからくる感染症、サルから、鳥から、家畜から、伴侶動物から、あるいは齧歯類からくる感染症というように教えました。その後で、ダブってもいいから動物別に教えていた内容を学生と、もう一回、教科書にあるように病原体から見た動物由来感染症として、整理しなおして考えてみようということにしました。
少し衝撃的かもしれませんけれども、世界はウイルスで満ちているということから始めました。見えないものは存在しないというのが通常の我々の考えなので、多分、この部屋にも、本気でトラップしたら、ウイルスは相当の数、見えないけれども、いるはずです。そういうことを考えた人がいて、海水中のウイルスがどのぐらいいるかというと、深海で1ミリリットル中に100万個、沿岸で1億個、海水全体でみると1030個いるというのが2005年の「NATURE」に載ったのです。
そう言われてもわからないので、ウイルスの粒子を全部つなげてみるとどのぐらいになるかというと、銀河系の直系の約100倍、1,000万光年になります。それでもわからないので、では、人間が、これは私が勝手に計算したのですが、地球上の全人類が手をつないで70億人が2メートル幅で手をつなぐと1.4×107キロメートルで、太陽の直系の約10倍、太陽と地球の距離の10分の1、長さとすると44光秒になります。1,000万光年と44光秒ですから、見えないウイルスでもつなげてみると物すごいということになります。けれども、手をつなぐこととウイルスを横に並べるのは不等ではないかという学生の意見もあって、考え直しました。
では、共通ではかれるものというので、これは「NATURE」に出ていたもので、炭素量換算ではシロナガスクジラ7,500万頭分の重さになるということです。炭素量で比較したわけです。それはどのくらいかというと、7.5×107×シロナガスクジラの1頭の平均重さが1.4×105キログラムですから、1.1×1013キログラムです。ちなみに、70億人の人間、大人、子どもを入れて平均40キロとしても2.8×1011キログラムですから、もし見えないウイルスを全部集めて、その重さをはかれば、海のウイルスだけでも人間の全重量の40倍の重さに達するぐらいのウイルスがいるということです。ここではしゃべりませんけれども、もし、これをバクテリアに置きかえると40万倍ぐらいの重さになります。見えない病原体ですが、侮ることはできません。
学生と、もう一回、病原体としてのウイルスというものを考えてみようというので、学生にレポートを書かせ、発表させました。学生さんは素直なので、人獣共通感染症のウイルスにこだわらないでウイルスのレビューをしてきました。これが僕にとっては目からうろこでした。というのは、僕らが教える人獣共通感染症の微生物は当たり前で、ウイルスも細菌も寄生虫も動物からヒトに来る病原体だけを教えるわけですから、100%、当たりくじの特性を教えているわけです。けれども、そういう考えを忘れて、もう一回、ウイルスというものを見てみたのです。
横軸がゲノムサイズです。縦軸がウイルスの粒子の大きさです。こうやって見ると、DNAウイルスというのは、物すごい多様性を持っていて、一番大きいのがポックスウイルス、次がヘルペスウイルスです。ポックスウイルスは200近い遺伝子を持った非常に大きいウイルスです。ヘルペスウイルスの遺伝子は100個くらいです。他方、一番小さいのはパルボウイルスで、粒子の大きさは25ナノメートルしかありません。遺伝子も2個です。DNAウイルスは、大から小まで、この直線状に乗っています。
一方、RNAのウイルスは、ダブルストランド(2本鎖)なのはレオウイルスとビルナウイルスで、シングルストランド(1本鎖)にはプラスストランド(+鎖)とマイナスストランド(-鎖)のウイルスがいます。そのままメッセンジャーになってタンパク質に読んでいけるゲノム(+鎖)を持っているものと、一回、マイナスからプラスに読まないとタンパク質合成ができないグループがいるわけです。プラス鎖のRNAウイルスで一番大きいのがコロナウイルスです。大体、ヘルペスウイルスの半分以下の大きさです。そして、+鎖のRNAウイルスで一番小さいのはポリオウイルスや口蹄疫ウイルスを含めたピコルナウイルスです。そこそこの多様性があるのですけれども、DNAウイルスほどの大きさの多様性はありません。驚いたことに、マイナスストランド(-鎖)のRNAウイルスというのは、ほとんど多様性がなく、差がありません。一番大きいのがパラミクソウイルス、一番小さいのがオルソミクソウイルスですから、麻疹とインフルエンザのウイルスがそんなに変わるはずがありません。遺伝子は8~10個くらいです。それぞれのウイルスグループには、こんな特徴があります。
さて、最初に学生が持ってきたのが、大きいものから小さいものまで並べて、DNAのウイルス一覧を持ってきました。いつも僕らは、確かにサル痘とかパラポックスとかヤバポックスとか、ポックスウイルスが容易に動物からヒトに来るというように教えています。それから、ヘルペスウイルスを教えるときには、いつも動物由来感染症の例としてBウイルスを教えます。しかし、この2種類の大型DNAから下ですね、比較的小型のDNAウイルス、アデノウイルス、パポーバウイルス、パピローマウイルス、それからパルボウイルス、ヘパドナウイルスなど、ここに入ってくる中型から小型のDNAウイルスは、動物もヒトにもウイルスはあるにもかかわらず、動物からヒトに来るウイルスはほとんど知られていません。
これは僕にとっては非常にショッキングな結果でした。いつも教えるのは、陽性例ばかりですから、当然、これらのウイルスの中にも、大型のウイルスと同じぐらいの頻度で動物からヒトに来るウイルスがいるとアプリオリに考えていました。例えば、アデノウイルスだって、ヒトでは49種類も既にヒトのウイルスを持ったいます。ヒトに来ているにもかかわらず、現時点で、サルから鳥類、魚類、いっぱいみんな自分のアデノウイルスを持っているのに、種を超えてくるというものが知られていないというのは、どういうことなのだろうか?ということです。
このルールは一般的なのかというので、今度は自分でやってみたのです。+鎖のRNAウイルスで一番大きいコロナウイルスは、SARSやMERSウイルスのグループで、動物由来感染症を起こします。それから、レトロウイルスは逆転写酵素を持っているので多少事情は違いますが、白血病ウイルスやエイズのウイルスのグループでやはり種を超えてヒトにきます。トガウイルス、フラビウイルスなど、この辺の中型の大きさのウイルスまでは、確かにヒトに来ます。しかし、小型の+鎖RNAウイルスに入って、カリシウイルス科ではノロウイルスだけがヒトにきます。けれども、これはもともとヒトのウイルスが腸管でふえて海まで行って二枚貝で戻ってくるので、動物由来というべきではないかもしれません。それより小さい+鎖RNAウイルスは、ほとんどヒトには来ないということです。
さて、ここでびっくりしたのが、RNAのマイナ鎖ウイルスです。これは、パラミクソウイルスからラブドウイルス、ブニアウイルス、アレナウイルス、フィロウイルス、オルソミクソウイルス、知られている全ての科のウイルスが動物からヒトに来ます。
だから、僕らがウイルスによる人獣共通感染症を教える時は、ほとんどは、ここのウイルスグループに集中しているのです。RNAのマイナスストランド(-鎖)のウイルスは極めて均一で、ゲノム構造は最初言ったように多様性がなくて、ほとんど8個~10個くらいの遺伝子からできています。基本的にはゲノム構造が類似しており、全ての科のものがヒトに来るという特性を持っています。
これは何だろうか?ということを考えてみました。人獣共通感染症を起こすウイルスの特性というのを自分なりに、もう一回、誰もこんなことを考えたことがなかったので、分かったことをルール化してみようと考えました。
そうすると、まず1番目はゲノムの大きさが問題だということです。大きいウイルスのほうが小さいウイルスよりも種を超えやすい。当たり前で、200の遺伝子を持っているポックスウイルスと2個しか遺伝子を持っていないパルボウイルスを比べれば、ウイルスは生きた細胞からタンパク質を借りて増殖するわけですから、もし2個の遺伝子のウイルスが種を超えようとすると、198種類のタンパク質をAの動物からBの動物に乗り換えても使えなくてはいけないということになります。これを考えると、小さいウイルスは宿主からの借り物のタンパク質が多くなればなるほど、一旦、その宿主に適応したら宿主を変えにくいだろうというルールは成り立つかもしれないと思います。
だから、やっぱりウイルスが種を超えるためには変異が必要なので、ゲノムの安定性に関しては、安定なほど逆に言えば種を超えにくいわけで、変異の少ないウイルスは新しい環境に適応しにくいから宿主を変えない。そうすると、2本鎖よりも1本鎖のゲノムのほうが不安定ですから種を超えやすいし、DNAよりもRNAのウイルスのほうが有利になるだろうということになります。
それから、独自の複製酵素を持つほうが自由度が高いので、小型のDNAウイルスでは、もう自分の複製酵素を持たないで、ヒトならヒトのDNAの複製酵素を借りているので、これはもうほとんど、宿主が定着したら、その宿主の動物種にはまってしまうことになります。種を超えて感染することは非常に難しい。
それから、ゲノムが分節して遺伝子ごとに分かれているウイルスは、インフルエンザウイルスみたいにリアソート(遺伝子再集合)しますから、点突然変異ではなくて突然遺伝子を丸ごと入れかえることができるので、全く新規のゲノムを構成できます。そのため、場合によったら宿主の動物の分類で目とか科とか属を超えても、かなり離れても一気超えていく可能性があります。
最後に、自然宿主とヒトの遺伝的距離を考えると、ヒトと遺伝的距離が近い動物を宿主に持つウイルスは、当然、ヒトに感染しやすいという特性を持っています。
この五つルールを読み取って人獣共通感染症のウイルスのリスクを考えてみようと思ったのが、この図です。まだ完成域ではないのですけれども。横軸に、DNAのほうがより安定で、RNAのほうが不安定なので、そのように並べてあります。縦軸はサイズの大きいものからサイズの小さいもの、自分の複製酵素を持っているものから自分の複製酵素を持っていないものなどを含めて、はめ込んでみました。原点に近いほど宿主を換えられないということです。原点から離れるほど、リスクが高いわけです。
そういう形で宿主域を含めて表をつくってみると、トップにいるのが、現存している限りはコロナウイルスです。それから、次に来るのがポックスウイルス、ヘルペスウイルス、それからレオウイルス、プラス・マイナス鎖のRNAウイルスではアレナウイルスとかブニアウイルス、オルソミクソウイルス、トガウイルス、フラビウイルス、レトロウイルス、ラブドウイルス、フィロウイルスです。この辺がいつも登場する人獣共通感染症の病原体です。それより少し来にくいのがアデノウイルスとかヘペウイルスとかカリキウイルス、アストロウイルスです。ほとんど種を超えて来ないと思われるのがヘパドナウイルスとかパルボウイルス、パポーバウイルスといったウイルスだろうということになります。
そういう点で見ると陽性例のウイルスだけから見ていた人獣共通感染症は何だったのだろうか?ということになりました。さて、この後、細菌をやったら、もっと恐ろしいことになっていて、先ほど出てきたリケッチアというのはαプロテオ菌のグループで、ミトコンドリアになった原核生物が祖先です。僕らが学生のころに習ったマイコプラズマという細胞壁のない小型の細菌は、放線菌とかファーミキューテス門の最も細胞壁の厚いグループが突然、遺伝子欠損をしてマイコプラズマに化けたということです。クラミジアの類いは、環境のアメーバに残った連中のほうが2倍も大きいゲノムを持って、高等動物に来たクラミジアがその半分のゲノムしか持っていないとか。そういう点で考えると、29門あるバクテリアの中で動物からヒトに来るのは、実にわずかしかないということになって、どうして特定の門の細菌群が来やすいのか?もう一回、自分が習った、あるいは教え込まれた感染症と病原体というものを違う目で考えてみないと、この問題は解けないのではないかという気がし始めているわけです。
生命の進化
最後に「One World」の話に戻りたいと思います。地球上の生命の進化というものを考えてみると、地球が46億年前に誕生し、40億年ぐらい前に化学合成・独立栄養の嫌気性バクテリアが出たのが最初です。これが古細菌と真正細菌に分かれて、30億年くらい前のころに嫌気性の光合成菌ができ、これが葉緑体になっていくわけです。その中で、シアノバクテリアが一気に繁殖し、光合成を始めて酸素を大気中に出していきます。
20億年前に真核生物ができて、アルファプロテオ細菌からミトコンドリアに、シアノバクテリアから葉緑体になって、単細胞の原生動物と藻類の原生生物という形でその後の10億年を継いでいきます。10億年前に多細胞生物が出現してきますけれども、ほとんど寄生虫の類の単純なグループで、5~6億年前のカンブリア紀に高等生物が出始めて、魚類からだんだんと進化して、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類と進化し、霊長類への分岐が大体7,000万年前と言われています。
感染症の構図
感染症というものを考えたとき、病原体は、そういう点でいくと、地球上に最初にあらわれたグループです。図で見ると、全体の半分が細菌の時代で、4分の1が原始的な真核生物(原生生物)で原虫の時代です。次の8分の1が、比較的単純な多細胞生物である寄生虫の時代ですから、我々の生命史のうちの5分の4くらいまでは、全て、そういうふうに言うなら病原体の世界です。
宿主と我々が呼んでいるのは、最後に出現したヒトとか家畜です。だとすると、病原体と宿主の両者の相互作用を感染症と呼んでいるけれども、当たり前で、30億年以上、いろいろな動物の感染症があったに決まっています。よく考えると、ウイルスに感染するウイルスから始めて、いろいろな感染症があります。ただ、我々が感染症と認識せず、感染症と言わないだけです。
実際、ママウイルスに感染するスプートニクウイルス、バクテリア(細菌)に感染するバクテリアファージ、アメーバに感染するママウイルス、クロレラに感染するクロレラウイルス、真菌のエノキダケに感染するエノキダケ褐変ウイルス、植物(タバコモザイクウイルス)、節足動物が媒介するウイルス群、魚類のイリドウイルス、両生類ラナウイルスなどがあります。そして、いつも我々が目にするところの鳥類、哺乳類、そしてヒトに感染するウイルスがあります。この辺が我々の言うところの感染症ですけれども、自然界には、そういう意味で、我々の注目しないところでさまざまな感染症が存在しているわけです。
感染症における食物連鎖とは?
学生と、この間、議論したのは、従来の食物連鎖というのは、下等生物を高等動物が捕食して、その連鎖を上げていくということが当たり前と教えるわけです。けれども、感染症から食物連鎖という図をつくると、どういうことになるか?見かけ上は、植物の光合成でつくった酸素と糖を我々動物が食べて、ミトコンドリアでATPをつくってエネルギー源とし、代謝後に炭酸ガスと水を排出する。炭酸ガスと水と光エネルギーを葉緑体が利用して酸素と糖を作り、これを従属栄養の動物が捕食する。この循環をしているわけです。可視化できる環境・エネルギー循環です。
しかし、感染症における食物連鎖では、これらの高等生物である宿主(動植物)に対して感染を起こす(食い物にする)のが、寄生虫や真菌類です。真菌類が主に好きなのは植物、ミズカビは両生類や魚類、甲殻類を食い物にします。また真菌類や原虫はヒトや家畜にも感染します。寄生虫は原虫や真菌の感染を受けます。そして、これらを餌にするのがバクテリア(細菌)の類いです。このバクテリアを餌にするのがウイルス、このウイルスを餌にするのが別のウイルスということを考えると、感染症の食物連鎖というのは、変な意味ですけれども、もし、そういうものを考えると、我々が知っている食物連鎖を全く逆転したような図になってくるということです。
One World:一つの世界
最初に書いてあった土壌と水、あるいは空気というのがすごく大事なのだということ。そういう貴重な清浄環境、「One World」の中に我々がいる、あるいは野生動物、家畜がいて、その「One Health」というものが大事なのだと言っていたことをもう一回考えてみたいと思います。
先ほど言ったように、酸素は植物、あるいは多くの細菌、シアノバクテリア、あるいは膨大な量の原生生物の藻類、これがつくって大気中に20%を維持するように生産してきてくれています。それと、彼等のつくった糖を使って動物がメタン、炭酸ガス、アンモニア、水、そんなものを排出して再利用させる格好になっているわけです。また、80%ある窒素についても同じで、大気中の窒素は土壌中の窒素固定菌、これが硝酸塩を介して菌根菌とか、あるいは根粒菌を介して植物に栄養を与えるという格好になります。また、余った分は脱窒菌が脱窒素でN2を、あるいはN2Oをまた大気に返すという形になっています。実際に土壌にいる菌、あるいは、原核生物の末裔が真核細胞時代に共生してきて、この循環をつくり出している。
そういう点で考えると、人間が、目に見えないこれらの微生物の活動に従属して、食物、その残渣をまた発酵菌とかバイオマスで肥料にしたりして土壌に戻しているわけです。すなわち、この大きな循環の中に我々が存在していて、異常気象とか環境汚染とか家畜感染症がリスク因子として統御が必要だというのは、実は、地球ができてから40億年かけてつくってきた食糧・環境、エネルギーの持続可能な循環を、間違えると、止めてしまうのではないかという危惧です。それがものすごく危険なのだということの警告が、多分、「One World」という言葉の中に入れられていたのではないかと、最近、考えるようになってきました。
感染症法をつくって、動物由来感染症のコントロールから始めていったのですけれども、今、やはりヒトからの視点も当然必要ですけれども、ヒトからもう少し遠くを見た格好で、微生物の環境での振る舞い、その中での病原体と感染症、その中での家畜とかヒトの感染症というものを考えていかなくてはいけないのではないかというふうに思っている次第です。
そういうわけで、これが最後のスライドになりますけれども、人間中心でなくて、もっと広い視野でアプローチする必要があるのではないかということ。さっきのアクションプランの言葉に返りますけれども、「種の絶滅、生息域の劣化・汚染、外来種の侵入、温暖化等は、地球の原生自然を根本から変えつつある」という認識を持てということ。そして、「人間と家畜、野生動物の健康がリンクしていて、そこで起こるパンデミックな感染症を含めて、それが健全な環境を維持するバックにある生物多様性と生態系機能も阻害するリスクを持つこと」を深く意識すること。そして、アクションプラン2項目の、余り意味のわからなかった「土地と水の使用法というのが実は健康維持に深く関連していて、この認識を持たないと、失敗すると生態系が弾力性を失って疾病の出現・拡散に広がる」という認識。そして、我々が「一つの世界、一つの健康」という時代に生きていて、「今日の脅威と明日の問題解決は昨日までのアプローチでは実現できない」と言っている意味は、単純に「One Health」の追求だけではなくて、あそこで言った「One World」というのは、もっと深い意味があったのではないかというふうに、今、思っている次第です。
聞きなれない、いつもと違う話をしたつもりなのですけれども。獣医の学生は国家試験があるので、こんな話をしても「国家試験に出ますか」と、すぐに聞いて、1対1で答えを覚えるほうが早い・・・になるのですけれども、幸い、今いる動物危機管理という部門は、非常に重要だと思うのですけれども国家試験がないので、学生と一緒になっていろいろなケース・スタディをやったり、「おまえがこの絶滅危惧種を救うために環境省から5億円もらったら、どういうプロジェクトをつくるか?」とか、そんな勝手な話をしています。今日、話した後半の部分は、去年の学生にテーマを与えてやったときに私自身が驚いたのですけれども、よく考えてみると、自分が考えてきた、あるいは教わってきた世界というのは、実に狭い人間的な目線でものを処理していたというのが反省として起こったことです。
例えば、原虫という生命体は生物学分類にはありません。微生物というのも、もともと勝手に人間がつくった言葉です。原虫というのは、広く生物学で言えば原生生物の中の、どちらかというとミトコンドリアを持ち込んで従属栄養で生きる動物的側面を持った単細胞の生き物で、かつ、その中には腐るほど原生動物種がいますけれども、その中のわずかに病原性を家畜及びヒトに対して示す単細胞の動物系の生き物を原虫というふうに医学で定義をしたわけです。
寄生虫を教えるときは一番困ってしまします。寄生虫を生物分類しようとすると、原虫から外部寄生虫、いうならダニまで入って、これを生物分類でもう一回学生に説明しようとすると大変なことになってしまいます。そうすると、寄生虫というものは一体何なのだろうと考えてしまいます。人間の目からみた寄生虫というカテゴリーに入れられる生物群というのはどういうものだろうか?ということを、もう一回、ちょっと考えてみる必要があるなというのを最近感じているところです。
定年になって、今ごろになって、こんなことを考えているので、次の学生には絶対、僕の轍を踏ませないで、最初の段階から、この世界はもっと複雑系であって、我々が習ったほど単純系ではないのだということを教えようと思っているところです。
御清聴ありがとうございました。
*zoonotic virusesについては、このホームページのZoonotic virusに英語のスライドが載せてあります。