地元の漁業長さんの紹介で利根川のアメリカナマズ駆除のプロジェクトに挑戦しようと考えました。大学での授業(動物危機管理学概論)で野生動物の保全、絶滅危惧種の問題と並んで、農作物被害でのシカ、イノシシを巡る問題の講義をしました。また外来種(エイリアンアニマル)についても少しふれましたが、今回は利根川の特定外来種として問題になっているアメリカナマズです。
魚類を対象とするのは初めてですが、とても興味深いです。とりあえず①ファクトシートの作成と、②HACCP(Hazard Analysis Critical Control Point: ハザードはアメリカナマズ、リスク分析は再生産指数R0,重要管理点は繁殖行動阻害) の筋書きを考えてみました。これから時間をかけて具体的な計画を練っていこうと考えています。
利根川は広大な水域を持っています、アメリカナマズは主として霞ケ浦、北浦及びその下流の利根川水域に多く生息しています。まず、これまでの研究成果を見てみましょう。
霞ヶ浦、北浦、利根川水系のアメリカナマズ
霞ヶ浦、北浦、印旛沼、利根川水系には、多数のアメリカナマズが生息していますが、その
個体数は正確には把握されていません。利根川水系では下流域でつながりのある支流の
江戸川、荒川でもアユ漁等でアメリカナムズが捕獲されています。栃木県では谷中湖
(渡良瀬遊水池)に生息していますし、ほかに利根川支流の矢場川でも捕獲されている
ようです。
歴史と捕獲量
利根川のアメリカナマズ拡散は、1982年の台風により埼玉県の養魚池から江戸川に逸出
したのが始まりといわれています。霞ヶ浦に持ち込まれたアメリカナマズが同時期や少し
遅れて広がったと考えられます。霞ヶ浦では当初個体数は少なく、爆発的に増加したのは
2000年頃、北浦では2002年頃と推定されます。現在、回収事業が国土交通省によって
行われ、①霞ヶ浦で約200 t、北浦で50~100 tが毎年駆除されているようです。調査によると、②利根川、栗山川の漁獲量は年間20~30 tと推定されます。従って、合計約300t/年で捕獲
されることになります。例えば、平均サイズが40㎝、3kgとすると、年間約10万尾が捕獲
されていることになります。しかし、それでも霞ケ浦、北浦、利根川水系では個体数が
減少しない?ということになります。
アメリカナマズの生態と特性
アメリカナマズは湖沼、流れの穏やかな河川の砂泥質の水底(ダム湖、ダム直下の淵)を好んで生息し、生存可能水温(1~35℃)と言われています。食性は、成長に伴い変化するので、体の大きさにより異なりますが、成魚では雑食、他の動物、魚類、死魚など多様です。
霞ヶ浦の調査では、冬は水深6m以上の穴状の深場、網生け簀周辺、障害物のある2~3mの浅場にとどまり、春から初夏は、成体では水深1~2mの岩礁、湖岸のテトラ、石積場に移動、繁殖活動を行います。孵化後の幼魚は、秋まで浅場で成長(適水温は28~30℃)します。幼魚の食性は体長4㎝までは動物プランクトン、4~7㎝は動物プランクトン、イサザアミ、7~14㎝はイサザアミ、14~30㎝はイサザアミ、テナガエビ、ハゼ類、30㎝以上では、イサザアミ、テナガエビ、魚類、他に魚卵、死魚、環形動物、昆虫類(ネズミ、アカミミガメ、アメリカザリガニの捕食も報告されている:埼玉県)と多様です。
利根川に生息するアメリカナマズでは、冬季は水深6m以上の深場、春~秋は水深2~3m
の浅場を好むようです。
産卵:産卵は5~7月で、水温21~27℃で行います。産卵場所は窪地、障害物の近くです。
産卵床を作り、卵を積み重ねるように産み付けます。河川では支流になどに遡上して産卵
するといわれていますが、確認例はありません。検証が必要です。抱卵数1000粒/kgで
粘着卵です。産卵後、♂親が孵化まで卵を保護します。
成長:孵化後1年で10㎝、2年で20㎝、7年で60㎝(最大体調110㎝、通例70㎝程度)になり
ます。雌雄共に3~4年で性成熟に達します。アメリカナマズの寿命に関する情報は
ありませんが、14歳が最長という記載があります。
これまでのアメリカナマズの駆除と対策を見てみましょう。結論から言えば、以下のように指摘されています。①湖沼では捕獲しても捕獲しきれないのが現状、②釣りや延縄(はえなわ)での捕獲効果は高くない。効果的な方法を見つける必要がある。③生活史、生態を研究し、効果的な漁法の開発が必要。④河川では生態が不明、下流域はハゼ類、エビ類などの餌が豊富で増殖可能。河川での生態、駆除のための調査研究が必要です。
調査例を見てみましょう。
利根川下流域のアメリカナマズの生態特性調査(2002~2007):雑食、成長に伴い動物食性へ、季節的深浅移動、年間漁獲推定は20~30t
研究成果
①捕獲魚の成績(生殖腺熟度指数)から、産卵期は6月~8月支流の浅瀬に集まって繁殖していると推測された(データなし)
②胃内容分析:魚類、甲殻類、昆虫、デトライタス(生物遺体)、植物、体長50㎝以上では動物性が65%以上、成長に伴い動物食への傾向、死魚も食べる。
③水温の低下する10月以後は水深6m以深の深場に移動。
④アンケート調査から、平成10年前後から個体数増加、平成17年の捕獲量は33t。
⑤季節により深浅移動するので、刺網等による漁獲が有効である可能性あり。効率的な漁獲が出来れば、駆除後の安定な食用利用も可能である?平成20年度から、駆除調査と食用利用を検討中ということです。
アメリカナマズの駆除方法を比較した興味ある調査報告もあります。結論は以下のようです
・曳き網(時期、区域を考慮すれば、沖合域で少ない労力ですむ)
・定置網(湖岸域では比較的少ない労力ですむ)
・延縄(はえなわ:水域全般で使用可能、在来魚の混獲が少ない)
・刺網(繁殖場所にあたる浅場の岩礁帯で大型個体を捕獲できる)
注:10か所程度切断し、間隔を置いて浮子網をつなぐと、網の修復が容易になる
具体的な検討は、2009 年に曳き網、定置網、延縄、 刺網による駆除効率を体系的に調査しています。①毎月 1 回以上、各漁法の漁獲物からアメリカナマズを選別し、1 操業(曳き網は 1 日分、延縄、刺網、定置網は設置と回収で 1 操業) 当たりの捕獲尾数、重量を計測し、また、②年間成長を体長約 10 ㎝で区分し、年令組成推定を行っています。
研究の結果と考察の概要です。
①曳き網 :(「横曳き」と「トロール」の 2 形態)。 いずれの曳き網も、0~1 才魚を中心に 2 才魚まで 捕獲され、8 月以降は 1 操業当たりの捕獲数が大きく低下。1 才魚は5~6 月に岸側に多く分布しており、高密度の時期に岸側の区域を曳網することで、省力化は可能 。捕獲数は多いが幼魚が主体となる?
②定置網:湖岸から 100m の沖までに設置され、湖岸線に垂直方向に長さ 50m の垣網と、この沖側に設置された升網で構成。 0~1 才魚(30~40g)を捕獲、曳き網に比して捕獲数は少ない。あまり効率は良くない?
③延縄:5~6 月に操業さ れ、湖内全域に及ぶ。操業隻数は10隻、出漁数は400回。操業中の平均能率は1 針当たり 0.28 尾・90g。大半が 2 才魚、 後半は 1 才魚が混じる。2 才魚以上の捕獲数は定置網や曳き網に比して多い。平均的操業では 1 日 1,000 針を投入するため、手間はかかる。在来魚の混獲が少なく、有用資源への影響はない。労力はかかるが、比較的有効、混獲が少ない。
刺網:操業者は、4~6 月に 6 名程度。 捕獲魚は平均 3.4kg で 4~6 才と推定され、5~6 寸目合い、丈 1.3m、長さ 40m のコイ用刺網が使用された。1 操業で 10~30 枚を連結し、湖底に建て設置。 繁殖時期前の 4 月に越冬場所(水深 5m 以上の深場)付近に設置し5~7 月上旬は繁殖場所に当たる岩礁帯の浅場に設置した。 9 月以降に、この繁殖・越冬場所付近に刺網を設置した ところ、ほとんど採捕されず、5~7 月(繁殖 時期)に繁殖場所の多い岩礁帯で捕獲するの が有効。
季節性があるが、成魚を捕獲できる。特に、繁殖期に有効。
利根川で有効と思われる刺し網漁法の改良案も提示されている。
①通常網(目合い 5.5 寸、丈 1.3m, 長さ 40m)1 枚を 4m×10 枚に切断した。約 40 ㎝の間隔で 浮子綱をつなぎ合わせる。つなぎ合わせる部分は、 1 カ所に付き、釣り糸用の撚り戻し 1 個を取り付けた 。
②7~10 月に繁殖場所周辺で、改良刺し網と通常網を設置し、翌日に回収した。網を報告者が修復した。
③修復時に約 40mの網を 20mずつ引き延ばして、上糸を 3 カ所でつり下げ、 中央から末端に向かって網の絡み等を修復し、収納した後、残りの 20mについても同様に行った。
④作業時間の合計を計測した。計測に用いた試料数は改良網 24 枚、普通網 22 枚。小区画に仕切ったことで、アメリカナマズの羅網による撚り・絡みがみられた場合でも、他の区画 に波及しなかった。
⑤修復は、巻きや絡みのある区画のみ、送り出して撚りを解消する長さが短縮 された。
平均修復時間と平均採捕尾数は、改良網で 7 分(3.4~17 分)と 1.9 尾(0~4 尾)、
対照の普通網で 11.5 分(2.5~32 分)と 1.8 尾(0~5 尾)であった。
⑥採捕尾数は同程度でも、修復時間の平均は 4割弱短かった。
アメリカナマズの行動解析に超音波発信機とドローンでの受信装置を組み合わせて使えば、利根川流域での繁殖場所を同定するのに効果的と思われます。インターネットで発信機を埋め込む写真と行動解析の文献がありました。現在はかなり小型化されているようです。
http://blogs.yahoo.co.jp/sj566029/70500282.html
超音波発信器を用いたテレメトリー技術で、霞ヶ浦のアメリカナマズの産卵期(5~7月)と越冬期(11~2月)に行動追跡を実施し、成魚の移動生態が解明された。産卵場所や越冬場所の特徴や移動距離を把握できたことにより、効果的な駆除が可能となった。
具体的には、成魚腹腔内に超音波発信器を埋め、放流、カナダVemco社製の設置型・追跡型受信機で、産卵場所や越冬場所の特徴や移動距離を把握した。
①霞ヶ浦における超音波発信器と受信機の有効受信範囲を測定した。発信器単体・魚体腹腔内装着とも、音波受信距離は600m, 信号識別距離は450m。
②産卵期を含む2006年5~9月に成熟雌雄6尾に発信器を装着し、高浜入り湾口部に放流、昼間は追跡型受信機、夜間は設置型受信機で追跡した。放流魚は、放流地点付近に留まる、湖尻に移動、.湖尻から北7~8kmの間を往復、湖内を一周するものがあった。
③越冬期(2006年11月)に処置後の成熟雌雄10尾を土浦入り湾奥部に放流・追跡した。追跡可能であった5尾のうち、12月に放流場所近くの砂利採取穴を出入りしていたのは2尾で、3尾は砂利採取穴周辺に留まっていた。また、1月の最低水温期(6~7℃)には砂利採取穴周辺に留まるものが少なかった(移動する個体が多い)。
④産卵期(2007年5月)に処置後、成熟雌雄21尾を霞ヶ浦各地に放流・追跡した。土浦入り・高浜入りの放流魚は、1ヶ月後に入り湾口部まで移動し、湖央沿岸域に滞留。6月上~中旬に雄が長期留まっている場所は水深1~5m層、多くは2~3m層の水中構造物付近か近くの平場。水中構造物に隣接した平場での繁殖行動が示唆された。
利根川と同じ大きな河川では、矢作川の調査報告がある。
①矢作川のアメリカナマズ(初確認2005 年から 2012 年まで)の聞き取り調査 、採集調査のデータから,生息状況と採集方法について考察した。アメリカナマズは矢作川中流域のダム湖およびダム直下流で採集された。採集個体の体長が幅広かった( 17 ~ 85cm)こと、2010 年以降未成魚が毎年採集されたことから、矢作川で自然繁殖していると考えられた。
②2010 年から 2012 年にかけて単位あたり採集量(CPUE)が低下したことから生息数が減少している可能性がある。しかし、今後も生息数や分布の拡大に警戒が必要。延縄では 3 月から 11 月にかけて採集され、特に 6,9 月の CPUE が高かった。アメリカナマズは、高い移動性を示すことが知られており、生息域によっては季節移動で 100km 以上も移動する(Fago,1999)ことがある。
③捕獲個体の体長は約 14 ~ 81cm の範囲であったが, 体長 20 ~ 25cm(2歳) および 55 ~ 60cm(5歳) に頂点をもつ二峰型 の分布を示した。
④2010 年から 2012 年の延縄による捕獲では、調査期間を通して採集され,特に 2010 年, 2012 年の CPUE は 6 月と 9 月に頂点を持つ二峰型の周 期を示した(注:繁殖期は食餌しない)。
Gerhardt and Hubert(1898)は、採集における餌の有効性を明らかにした。非繁殖期には餌有り の袋網が約 2 倍の漁獲量を示したが,繁殖期では大きな 差は無い。 アメリカナマズは水温 10 ~ 35℃で 摂餌活性がみられ、繁殖期間中は摂餌しない(Bailey and Harrison, 1948)。
⑤繁殖行動は水温が 21℃を越えるころに開始し,水温変化の停滞や水温低下 により終了する(Hubert,1999)ことが知られている。日本国内では水温や採集個体の生殖腺体指数(GSI:生 殖腺重量÷体重× 100)などから霞ヶ浦が 5 月から 7 月 (半澤・野内,2006)。利根川が 6 月から 8 月(千葉県水 産総合研究センター,2010)と推察されている。
これまでの先行研究から得られた情報を整理すると以下のようになります。
・利根川下流水域のアメリカナマズの生息は霞ヶ浦、北浦、印旛沼、利根川下流域
・年間約300 tのアメリカナマズが捕獲されているが(推定10万尾)、減少しない。
・生息は冬季は水深6m以上の深場、春~秋は水深2~3mの浅場(繁殖行動)
・産卵は5~7月(利根川6~8月)で水温21~27℃。
・支流の浅瀬に集まって繁殖していると推測される(データなし、調査が必要)
・抱卵数1000粒/kg。繁殖期はあまり食べない。産卵後、♂親が孵化まで卵を保護。
・幼魚は秋まで浅場で成長(適水温は28~30℃)
・年間10㎝位で成長、3~4年で性成熟
・刺網(繁殖場所にあたる浅場の岩礁帯で大型個体を捕獲できる)
・刺網は10か所程度切断し、間隔を置いて浮子網をつなぐと、網の修復が容易になる
・成魚腹腔内に超音波発信器を埋め、カナダVemco社製の設置型・追跡型受信機で、
産卵場所や越冬場所の特徴や移動距離を把握できた。
・音波受信距離は600m, 信号識別距離は450m
・産卵期超音波処置後、成熟雌雄21尾を霞ヶ浦各地に放流・追跡した。土浦入り・
高浜入りの放流魚は、1ヶ月後に入り湾口部まで移動し、湖央沿岸域に滞留。
6月上~中旬に雄が長期留まっている場所は水深1~5m層、多くは2~3m層の水中
構造物付近か近くの平場。水中構造物に隣接した平場での繁殖行動が示唆された
いずれ実際の実験計画案を提示しようと思います。まだ原案で、これからたたき台として検討し、レイアウトが決まった段階で、工程表(ロードマップ)を作成する予定です。利根川の野生動物として、食物連鎖の頂点に立ったアメリカナマズのR0(再生産率)を1.0以下にするには、有効な間引き方法とともに間引きだけではない別の方策が必要と思います。
また、最近、野生動物などの耐性菌の調査を始めました。利根川の食物連鎖の頂点に立つアメリカナマズの腸内細菌叢と耐性菌の保有状況には興味があります。
このホームページの中で、「コウモリと感染症」とともに「アメリカナマズ」の項目を見てくださる方がかなり多くいることがわかりました。2015年に、このプロジェクトのマスタープランを立てましたが、残念ながら、実行する機会は持てませんでした。ここに、戦略の骨格を示しておきます。野生動物や外来動物(エイリアンアニマル)の統御と共生は、動物危機管理にとっても重要な課題です。